60年に1度の周年と100年に1度のパンデミックを振り返って思う「変える(変わる)」事の大切さと、来年は「神に試される年」なんだなぁという事

こんにちは、内藤正風です。

今日は朝から事務をコツコツと行なっています。事務というのは私にとって苦手なものの1つなので、修行のような時間を過ごしています。

周年というのは単なる節目ではなく、周年をキッカケにして新しい事に取組む機会です

光風流は今年創流60周年の節目の年でした。
この節目に当たり昨年の早い時期から企画や準備を行ない、今年がスタートしました。

私はこの周年という節目は「みんなでただただ節目をお祝いする」というものだとは思っていません。
あっ、もちろんお祝いするのですよ。しかしそれだけで終始してしまったのでは勿体ないと思っています。

では私が考える周年とはどういうものかというと、周年を理由にして新しい事にチャレンジする年だと思っています。

人間は変化するという事に関して受動的な生き物です。自らドンドン新しい事にチャレンジして!と言う人よりも、今の居心地の良さを継続したいと考える人の方が圧倒的に多いです。
もちろんこれって大切な事なんですよ。安全安心を選ぼうという事が種の存続に結びついているのですから。

しかし時代は刻々と移り変わっています。
時代とは人々の価値観であったり、技術の進歩であったり、流行であったりというものです。これらは固定されたものではないですので目に見えないくらい少しづつであっても、しかし確実に移り変わっていっています。

という事は私たちも変化してゆかなければ時代に取り残されてしまう、すなわち生き残ることが出来なくなるっていう事なのです。
なので周年の節目となる5年ごとを、新しいチャレンジをするきっかけにした方が良いと私は思うのです。

変わることで未来がある

日本は、100年以上の歴史を積み重ねている会社が世界で一番多い国です。

その理由はいくつも挙げられると思います。
・経営者と従業員が家族的だから。
・日本人は白黒をはっきりとさせないから。
・外部からの刺激をうまく取り入れる順応性があるから。
・本業を一途に行なってきたから。
他にもいっぱい理由を挙げられるのではないかと思います。

そんな中で100年以上の歴史を積み重ねて来ている全ての企業に絶対に共通する点が1つあります。
それは「変わる(変える)」という事です。

「変わる(変える)」と言う事

長年続いている企業ほど、時代にあわせて変わってきているし、自ら変えてきているのです。

ちなみに「変える(変わる)」には大きく分ければ2通りあります。
一つ目は、「本業とするものを変える」というパターンです。
皆さんよくご存じの「シャープ」は、ベルトのバックルからスタートして、シャープペンシルや家電というように本業が変わったり異業種にも広がっていくことで100年以上の歴史を歩んでいます。
まだ100年には少し足りませんが、世界的企業の「トヨタ自動車」は繊維機械からスタートして社内に自動車部を開設したのが始まりなのも有名な話ですね。

二つ目は、「本業自体は変わらないけれど、その取り組むものを時代とともに変える」というパターンです。
こちらも皆さんよくご存じの「とらや」は、室町時代の創業以来お菓子を作ってこられています。
お菓子と言う本業は変わりませんが、時代にあわせて作るお菓子を変えたり、味を変えたりして、その時代時代に合うように変わってきています。

創業時と製品も組織も運営もその他何から何まで全く変わっていない。変えていない。と言う組織は絶対に残ってこれないのです。
なぜならば先ほど書いたように、時代は常に移り変わるものですし、人々の価値観も常に移り変わるものだからです。

変わるからこそ永続できる余地が生まれる

いけばなも同じです。
以前にお稽古をされていて、お稽古から離れて何年も(時には十何年とか二十何年とか。。。)経っている方から、「私がしていた頃と変わったね」と仰られる方がありますが、これって変わっていないとおかしいのです。

例えばお花を飾る場所1つをとっても、以前は床の間を中心にして考えられてきましたが、今は床の間が無いお家がスタンダードになっています。そんな中で床の間のお花だけに固執していたのでは、皆さんに必要とはしていただけなくなっちゃいますよね。

花を生ける、お花を長く生かす、お花を生ける事で空間を生かす、と言うようなことは10年前も50年前も100年前も変わらずに行なわれてきています。
しかしそのお花を生ける環境や、お花を長く生かすための手法や、お花を活けて空間の活かし方は時代とともに常に変わってきているのです。

60年に1度の節目と、100年に1度のパンデミック

光風流にとって今年は大きな変革の年になりました。

創流から60年が経ち、流派の大半の方が創流当時をリアルでは知らない世代になりました。
ちなみに50周年の時には、創流時からバリバリ頑張ってくださっている先生がまだまだおられましたので、以前とは大きく変わった点だと思います。

そして今年は、100年に1度のパンデミックで世の中の仕組みが大きく変革しました。
これは好むと好まざるとにかかわらず、変わらなければ生き残れないよ!と目の前に突き付けられ、地球上の全ての人がとにかくひたすら生き残りをかけて変化した年となりました。

私も今年はコロナに対処対応するという事で、色々な事を変えたり新しい取り組みを行ないました。おかげで何度光風流の役員の皆さんから白い目で見られたことか。。。(笑)
しかしこれで十分だという事ではないと思いますし、一番怖いのはコロナに慣れてしまって変革の意識が薄れたり無くなってしまう事だと思っています。

これから神に試される時代に入ると思います

私は、コロナが無くなるとは全く思っていません。来年もコロナと共に生きてゆかなければならないでしょう。
何なら、コロナが今まで以上に身近なものになって、近しい友達や親戚、何なら自分も含めた家族が感染することが珍しくないようになると思っています。

そんな中で生き残ってゆこうと思ったら、新しいものに興味を示す柔軟さ、新しいものを取り入れる寛容さ、新しい事を行ってみようとするチャレンジ精神を抜きにしては、進歩も発展も無いと思うのです。
変わる(変える)という柔軟さがあるからこそ未来が開けるのです。

今年はある意味、自粛や中止をしていれば乗り越えることが出来たかもしれません。
しかし来年は「変わる(変える)」という事を行なわんければ生き残る事すらできなくなってしまう、いわば「神に試される」年になるんだろうなと私は思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。