「個性」とか「個を出す」とかってよく言われますが、「個性」は人と違う事をするという理解は大間違いですし、「個性」と「自己中」も全く違う事だと思います

こんにちは、内藤正風です。
今日はバスに乗って移動しながらのブログアップです。

そう言えば、昨日も一昨日もバスで長距離移動したのに、今日もバス移動です。

 

今日はこれから、日本いけばな芸術協会の会議に出席するので午後からの教室はお休みにさせて頂いています。
そんな午前中の教室で、幹部の先生と個性という事についてお話をさせて頂いたので、そのことについて今日はブログに書きたいと思います。

「個性の時代」とか「個を出す」ってなに?

「個性の時代」とか「個を出す」と言う言葉を目や耳にするようになって久しいです。

私が子供のころの様に人と違う事が「非」とされた時代から、「個性」が認められ個性を大切にしようという考え方に移り変わって行く流れには大いに賛同します。
ほんと私が子供のころは、人と違うだけで「異端児」とされましたし「問題児」として烙印を押されましたから。

私は親が高齢だったり、幼少のころは母の姓を名乗っていたり、家が神戸と加西に2軒あったりなど、色んな面で回りとは違っていたので、幼稚園のころから「問題児」としてエリート街道まっしぐらの扱いを受けてきていましたので、「個性」を認めるという考え方が早くスタンダードになってほしいと思います。

けれどそんな中で、本当の意味で「個性」と言う事について理解し実行できている人はとても少ないように私は思います。

「個性」とは、人と比較して違う事ではない

そもそも「個(個性)」と言うものは、人と違うかどうかと言う事ではなく、自分の考え方や価値観の中核をなす部分から自然発生したものが「個(個性)」に他ならないと思うのです。
なので ”他の人と違う事” と考えている時点で、それは ”他の人との比較” でしかなく、自己の中核から発せられた「個(個性)」とは全く違うものでしかないと思います。

この部分を勘違いしている人によくある行動パターンには2通りあるように思います。

「個性」を人と違う事と勘違いしている人の行動パターン

パターン1は、とかく見た目を人と違うようにしようしてみたり、取ってつけたように目を引く行動をしてみたりと、上辺ばかりに意識が行っている人。
もうこういう人はペランペランです。全く中身がありません。(笑)
なので中身の無さがすぐにバレてしまい、周りから相手にされなくなってしまいます。
当然長続きもしません。

パターン2は、斜に構えてアウトローを気取って、周りにいるそういう人たちの行動パターンをお手本にしたり真似たりする人。
こういう人はアウトローがカッコいいと思っているんですね。

まあまあ気持ちはわからんではないんですよ。

もともと日本には「婆娑羅(ばさら)」や「傾奇者(かぶきもの)」という考え方や行動が古来よりあって、もてはやされる土壌がありますからね。
ちなみに「婆娑羅」や「傾奇者」っていうのは、日本特有の「粋」や「数寄」というものをモットもっと究極にとんがらせて極端にし、見た目は異形・異様な風体を好み、仲間同士の結束と信義を重んじ、命を惜しまない気概と生き方の美学に基づいたものです。
アウトローとかアウトローに憧れたりって昔からあったって事ですね。(笑)

ただ1つ言えるのは、みんなが一目置いていたり世の中から認められているアウトローの人は、自分の片足(軸足)をしっかりと保守本流の中に置いています。
だからこそもう片方の足で自由に動き回る事が出来るし、少々おかしなことをしていても道を完全に踏み外してしまうことは無いんです。

「個性」と「自己中心的」とはまるで違う事です

この「個性」を ”人と違う事をすること” と勘違いしている人とともにもう1つ多い勘違いに、「自己中」と「個性」の違いがちゃんと区別できていない人も多いように思います。

自分の事だけしか考えることが出来ないとか、自分さえよければよいという行動をとられる人が世の中には居られますが、これって個性ではありません。
ええ、単なる思慮の足りない人なだけです。

会話をしていても自分本位な発言が多く周りの人を疲れさせてしまったり嫌な気分にさせてしまう、自分を中心に回っているので協調性が乏しく、人に厳しかったり人の意見や行動に合わせることが少ない、時と場合を考えずに言葉を発したり行動を起こしてしまう、人から指摘されると逆切れしたりそんなん無理ですと自己擁護をする、な~んて人は「個性的」なのではなく「自己中」なのだと私は思いますよ。

人と比較するのではなく、自分をしっかりと見つめ成長する事が「個性」を育てるという事

どうしても人間は、他の人がしている事が格好よく見えたり羨ましく思えたりしてしまいます。しかしそんなところをスタート地点にして、個性なんて絶対に生まれないと思います。

人と違う事をするのが個性。。。
これは「個を出す」とか「個性」と言う事とは全く違うものだと思います。
自分の人生や価値観と言うような内面を表現する事こそが個性(個)だと私は思いますし、言葉を変えれば「自分らしさ」とか「あなたらしさ」と言う事が「個性」なのだと思います。

そしてその上でもし人と違っているところがあったとしたら、それは「自分らしさ」とか「あなたらしさ」の中に、たまたま人と違っている部分が有ったって言うことにすぎないのです。

まずは自分の軸足をしっかりと位置を決め、そして安定させることが個性を磨く第一歩ではないでしょうか。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。

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