年越し蕎麦を食べながら思う、日本の良き伝統やそれぞれのお家に伝わる風習を後世にちゃんと伝えてゆく大切さ

こんばんは。内藤正風です。

いよいよ大晦日、今年も残り数時間になりましたね。
色々な事が納まった人も納まらなかった人も、時間が来れば新年です。よく”年が越せる”とか”越せない”とか言いますが、みんな年は越せるのです。だって時間はあまねく平等に過ぎてゆくのですから~(笑)
まあ年を越した後に何が待っているかの違いはあるでしょうが。。。

大晦日の我が家では午後5時頃に「年越しそば」を頂きます

さて今日大晦日は、内藤家の過ごし方は毎年決まっています。
亡き父もそうしていましたし、私も子供の頃からそう言う習慣になっているので、同じ過し方をしています。

まず午前中は、ゴソゴソしています。片づけをしたり書き物をしたりで、しないといけない事は山ほどありますが、お昼までで終了です。とにかく強制終了です。(笑)

お昼過ぎからお正月の買い物に行きます。正月3が日の間の飲んだくれながらグダグダ生活をするネタを買いに行くのです。ひと言でいうなら"おツマミ"ですね。(笑)

そして午後3時くらいからお風呂に入ります。明るい時間から入るお風呂って凄く贅沢をしているような気になりますし、凄くのんびりできるんですよね~。

そしてお風呂から家族全員あがったら、夕刻4時か5時くらいから年越しそばを頂きます。
ええ、我が家では年越し蕎麦は暗くなる前にいただきます。

年越し蕎麦の由縁

年越しそばの由縁は諸説あるようですよね。
月の最後の日に”そば”を食べるという「晦日そば」と言う風習から始まったとか、”そば”が細く長い事から「延命長寿を願って」とか、”そば”は他の麺類に比べると一番切れやすい事から「その年の苦労や借金などを翌年に持ち越さないように断ち切る」とか、他にも地域によって皆さん色んな由縁をお聞きになられたことがおありだと思います。

わが家が、日が暮れる前に年越しそばをなぜ食べるのか?

話を元に戻して、なぜ我が家では夕刻の日が暮れる前に年越しそばを食べるのかというと、それは日本古来の考え方に影響を受けているからなのです。

日本では古来、日が暮れると日付が変わると考えられていました。すなわち1日は日没から始まって日暮れで終わるという考え方です。
現在の1日の定義は0時から始まって23時59分59秒で終わるという考え方ですから、全く違う考え方だったんですね。

なので日本古来の考え方ですと、日暮れ前に年越しそばを食べると言う事になるので、我が家では代々そうしてきているということなのです。

日本の伝統は後世にちゃんと伝えてゆきたい

まあこんな風に書いていますが、年越し蕎麦をいつ食べたから正解とかっていうものでもないと思います。最初にも書いたように、年越し蕎麦なんて食べなくても年越せるのですから。
私はそんな事よりも、日本の良き伝統やそれぞれのお家に伝わる風習を、後世にちゃんと伝えてゆく事こそ大切だと思っています。

私達には先祖がいます。代々、命やそのお家の風習と言うバトンを受け渡しながら何代もの歴史を積み重ねてきているのです。
どこかからバクテリアの様に湧いてきたものではありません。父親と母親がいて子がいるのです。
すなわち私たちは全員が、人間としての歴史は数十代、百何十代と言う歴史を積み重ねてきているからこそ今日があるのです。

そんな事を毎年この大晦日にはチョビットだけ思います。

我が家の年越し蕎麦

内藤家の年越し蕎麦は、あったかい汁蕎麦に、エビの天麩羅2尾と刻み葱ツンコ盛り(ツンコ盛りってのはテンコ盛りの最上級です(笑))だってことは、どうでもいいですよね。
(ちなみにこの写真は、先ほど食べた今年の年越し蕎麦の写真です。)

それではみなさん良いお年を!!そして酔いお年を!!!

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。