光風流の研究会を開催しながら思った、時代や環境に合わせて千変万化することをいとわない事こそが大切であり、それこそがいけばなからの学びであるという事

ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。

私ども光風流では、各支部で開催している講習会の指導に当たっていただく「講師」という役割があるのですが、この講師の先生方の研究会の令和8年度が、今日から始まります。

そして今年度から、この研究会の開催方法をこれまでと大きく変えて開催する事にしたのですが、その理由は「もっと内容を濃く、そして充実したものにする」為になります。
私は変化することをいといません。それはなぜならば、「目の前の形に捉われると、本質を見失ってしまう」と思っているからです。

人は楽な方に流される生き物です

何かの本で読みましたが、人は少しでも楽が出来る様にしようと考え、行動するようになっているそうです。ま、確かにそうですよね。だからこそ人類は進歩したともいえるのですから。

ただそんな中で、同じことを繰り返しているとドンドン思考する事を行なわなくなってきちゃいます。つまり同じことを繰り返している中で「いつもこうしているから」という状態が生まれてきてしまうのです。そしてこの事によって何が起こるかというと、慣れによる悪循環に入ってしまうようになります。
ここで言う「慣れによる悪循環」とは何かというと、いつもと同じことをするのが目的になってしまい、そもそもその行為や行動は何のために行なっているのか、その本来の目的を達成するためには今何をするべきなのか、何か改善するべき点はないかということを意識したり考えたりするという、一番大切な部分を忘れてしまう様になるのです。

「変化しない」は「変化する」の中にある、1つの選択肢

なので私は、常に変化する事を畏れてはならないと思っています。言い方を変えれば、変化するという前提のもとに物事を捉え判断し決断していると理解していただければよいと思います。
したがって私の考え方は、「変化しない」と「変化する」という選択ではなく、「変化する」という大前提の中に「変化しないという」選択肢があるのです。

「型」に囚われるから、本質が見えなくなってしまう

日本人って、「これまで○○していたから」という理由が大好きですよね。ええ、わかりますよ。変化をするって、とても大きな労力が必要になりますし、反対意見も出てきますから。
しかしそんな事を気にしていたら、進化も進歩も発展も望めなくなってしまい、最後には自滅するしかなくなるのです。

自分で決まりを作り、その決まりに収まっておくのは、とても居心地が良いです。がしかしその決まりは、そもそも何か目指す事や目的があって設けられたものであって、決まりを盲目に守るために設定されたものではないのです。

ちなみにこれ実は、いけばなも同じです。
いけばなには「型」があります。しかしこの「型」はお花を生ける行動を制限する外枠ではなく、逆に「型」を核として行動の範囲を広げるためのものなのです。
すなわち「型」を学ぶ事を通じて、何故その「型」が定められているのかという「本質」を学ぶことが大切なのです。
「本質」を理解するから行動が自由になるし、自由なんだけれども大きな間違いを起さなくなることが出来るのです。

何事によらず、起こっている事象に目を奪われずに、その目指している事をしっかりと軸に据え、時代や環境に合わせて千変万化することをいとわない事こそが大切であり、それこそがいけばなからの学びだという事が出来ると思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。