完璧を目指すから完璧に出来なくなっちゃうし、スタートすら切れなくなってしまうのです

ごきげんよう、こんにちは、そしてこんばんは、内藤正風です。

今日は午前中にお出かけした以外、ず~っと光風流本部いけばな教室で雑務に追いかけられています。ちなみに今日行なった雑務は、大半がこの年末や年を越してからの事が中心です。
というのも私たちいけばなの世界では、世の中よりもちょっと早い目に季節感が動いてゆきます。クリスマスの前にクリスマスのお花のお稽古をし、お正月の前にお正月の花を生けって感じです。
なので皆さんがクリスマスだ~!お正月だ~!って仰られている時には、もうすでに満喫した後みたいな気分になっていたりします。(笑)

 

 

しなければならない事が多いと思うのは、実は思い込みかもしれません

さて12月に入ると、途端に気忙しいような気がしてきます。翌月の話をしているだけなのに、年が改まると思っただけで特別な気がしてきます。
そしてこの時期になると「しないといけない事が多すぎて追いつかない」とか、「寝る間もなくなってしまう」という言葉をよく耳にしますが、これって実は自分でそう思い込んでいるだけなんですよね。

例えば、大掃除はしなくてもお正月は来ます。(笑)
年賀状を出せていなくても、お正月は来ます。(笑)
とはいえ、もちろん大掃除が出来ていないよりは出来ていた方が良いです。しかし、精一杯やって出来ていないのならば、仕方ないですよね。だって出来ていないことを悔やんでも、大掃除をしたことにはなりません。

日本人の良いところなんだけれど悪いところ

日本人の良いところとして、ま真面目とか几帳面というところが挙げられます。これは本当に素晴らしいことだと思うのですが、この真面目とか几帳面がゆえに、多くの方が完璧を目指してしまいがちになる側面があります。
ここで言う完璧は、自分が「こうでなければ」と勝手に決めつけている目標を達成すると言う事です。

そもそも完璧ってこの世に存在しているんでしょうか。
例えば大掃除で考えてみましょう。お掃除の完璧ってなにでしょうか。ホコリひとつ落ちていない状態の事ですか、それとも物が何もなくなっている状態の事でしょうか。
たぶん完璧なんて達成出来る事ではないと思うのです。だって自分の理想とするところは高い所にあるものでしょうから、そう考えると、完璧なんて目指すよりも、最上を意識した方が良いんじゃないかなぁって思うのです。

完璧という理想は目指すものです

お花を生けるのも同じです。色々なところでお花を見たり、自分で生けたりされている人は理想も高いです。けれど高い理想=自分で出来るとは限らないのです。
お仕事も同じでしょう。完璧でなければならないと思うから、新しい取り組みに二の足を踏んでしまったり、スタートが遅れてしまったりしてしまうのです。

とりあえず何となく形になってきたと思ったら、もう走り出したら良いと思うのです。そして走りながら気になったところを改善してゆく事こそが一番大切だと私は思います。
完璧なものを提供したいと思い、完璧を目指せば目指すほど、完璧のレベルが高くなってしまって絶対に達成する事が出来ないレベルになってしまい、自分自身がしんどくなっちゃうんだと思います。

理想は大切です。しかし理想は目指すものであって、理想を達成できたから物事を始めるという考え方は間違いだと私は思うのです。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。

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