「必要は学びの母」であり「興味は学びの父」なんです。

おはようございます。
光風流家元 内藤正風です。

皆さんとお話をしていて、よくこういうお話をお聞きします。
「若いころにお花習っていたんだけれど全く身についていなくて。。。。。」

これ実は、それが普通なんです。
(^^;)

お花だけに限らず、必要に迫られてとか、自ら興味を持って学んだことはすぐに覚えますが、そうでない事は全く身につかないし、一時的には覚えてもすぐに忘れちゃうのが人間なんです。

若いころに習われたお花は、自ら進んで「私お花習いたい~~!!」ってお稽古されたのでしょうか。
それとも、親に習いなさいって言われたのでお稽古に行かれていたのでしょうか?
学校のクラブ活動にいけばながあったので、内申書の点数稼ぎになればと思って、お稽古されていたのでしょうか?

たとえば、高校の授業で習われた事を覚えておられますか?
大学で学んだことを覚えておられますか?
たぶん大半はすっかり忘れてしまわれているんじゃないかと思います。
ただ、お仕事に関係ある事とか、日頃必要で使っているような事は覚えておられると思いますし、身についているというか日々活用されていると思います。

「必要は学びの母」であり「興味は学びの父」なんです。

必要に迫られると、人間は覚えようと意識しなくても覚えちゃいます。
面白いなぁ・・とか、好きだ!!って事は、やりなさいと言われなくても、自ら進んで取り組みます。
これって真理です。

雑談している中からでも、自分に関係ある事や今自分が必要としているような事は耳に残ります。
どんなに良い講義も、必要に迫られていなかったり興味が無ければ、そのほとんどが役立つ情報として耳に残りません。

今日は、マックスブログ塾の同期と忘年会と言う名の合宿をしています。

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周りから見ていれば、ただの食事会や宴会に見えると思います。
しかし私からすると、仲間の言葉の一つ一つがとても大きな刺激になると共に、生きた学びとしてとても価値ある情報になっているのです。
みんな職業も年齢もバラバラですが、そのそれぞれが自分の職業について取り組んでいる経験から出てきた言葉は、そのまま自分に置き換え役立つ「金文句」ばかりです。

意識を持つ。興味を持つ。必要に迫られる。これこそ学びの一番の原動力だと思います。

なので、若いころに習われた「いけばな」が全く身についていなくても、恥ずかしがることは無いのです。
だって皆そうなんですから。

「若いころにお花習っていたんだけれど全く身についていなくて。。。。。」って言われているという事は、今お花をなさっている、あるいは興味がある、あるいは必要に迫られているって事の現れです。

今、学べばいいのです。
今、行動すればいいのです。
今日はあなたにとって一番若い日なのですから。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。

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