いけばな展の会場で作品の前に置かれている名札によく使われている「甫」の文字には、いけばなの真理につながる意味が有り、これは企業や商店にも通じる事なのです。

こんばんは。
いけばなの光風流家元 内藤正風です。

本日無事に「兵庫県いけばな展」の初日を終える事が出来ました。
あと明日からの五日間(前期2日間+後期3日間)しっかりと頑張りたいと思います。

 

さて、いけばな展のときに、よくご質問を受ける事はあります。
「作品の前に置いてある、名札の名前の最後についている”甫(ほ)”ってなに?」って。

この”甫”と言うのは花号(かごう)とか花名(かめい)と呼ばれるもので、いけばなのお稽古を何年か続けてステップアップした人に許されるお花の上での名前、まあ平たくいうならば芸名みたいなものです。
ただこの”甫”には、いけばなの本質につながる大きな意味が込められているのです。

漢字には全て意味がある。「甫」の文字が持つ意味

漢字には全て意味があります。
ちなみに”甫”という漢字にも色々な意味が有るのですが、その中のひとつに「はじまり」と言う意味があります。

すなわち「はじまりを忘れない様に」と言う意味です。
「はじまりを忘れない様に」と聞くと多くの方がこの言葉を思い浮かべられるのではないでしょうか。
「初心忘るべからず」

「初心忘るべからず」とは、現在の能の大成をなした”世阿弥””が残した有名な言葉のひとつです。
多くの皆さんがこの言葉を「物事を始めたときの初々しい気持ちを忘れてはいけない」という意味で理解されている方が多いと思います。
たしかにそれも一つの意味ではありますが、世阿弥の残した書物を紐解いていると、その他にも世阿弥の意図した意味が有ったように思います。

「初心忘るべからず」の初心とは?

その一例が「初心忘るべからず」の”初心”の”初”の文字からも読み解く事が出来ます。
初心の「初」という漢字は、「衣」を意味する”衤”と、つくりの「刀」から出来上がっています。
これは「真新しい衣(布地)に初めて刀(刃物)を入れる」と言うことを表している感じです。
すなわち「初心忘るべからず」とは、「物事を始めたときの初々しい気持ちを忘れてはいけない」と言うことだけを言う言葉ではなく、「機会あるごとに今までのこと(自分や環境など)を裁ち切り、新たに生まれ変わらなければならない」という意味もあるのです。

”能”と”いけばな”が経験してきた、大きな「初」

”能”も”いけばな”も室町時代に大成し同じくらいの年数の歴史を積み重ねてきています。

そんな”いけばな”はこの歴史の中で、大きな”初”を4回経験してきています。
1回目の「初」は、床の間の普及による「生花」の誕生。
2回目の「初」は、生活の洋風化による「盛花」の成立。
3回目の「初」は、植物以外の花材を素材とした「前衛いけばな」の流行。
4回目の「初」は、畳が無くなり床の間が亡くなった今。
と私は思っています。

1回目の「初」は、武家や公家神社やお寺などにしかなかった床の間が、一般のお家にも設えられるようになってきて、手軽に誰でもが生ける事が出来るお花の必要性から、今までに無かった「生花」と言う様式が誕生しました。
2回目の「初」は、明治になって生活にテーブルや椅子というものが入ってきたことにあわせて、そう言うライフスタイルに合わせたお花と言うことで、「盛花」というお花が様式化されました。
3回目の「初」は、古来いけばなは植物のみを素材としてきていましたが、大東亜戦争後の時代に”前衛いけばな”というものが流行し、その事により鉄やコンクリート、アクリルと言うような、植物以外のありとあらゆるものを”いけばな”の素材として用いられるようになりました。
そして今、お家から床の間が無くなり畳が無くなりしていく中で、私は4回目の大きな「初」が来ていると思っています。

今こそ「甫」の意味を改めて学び直し意識する

花名についている”甫”の文字。
この文字にこそ先人が私たちに残した、”いけばなの本意”が宿っているのです。

「はじまりを忘れない様に」と言うことにある、「機会あるごとに今までのこと(自分や環境など)を裁ち切り、新たに生まれ変わらなければならない」という意味が、今こそ私たちにとって大切な時代になっていると思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。