日本の「しきたり」から感じる、先人からの ”伝言” と ”労わり” と ”愛”

こんにちは。
今日は移動のバスの中でBlogを書いている、いけばなの光風流家元 内藤正風です。

最近私は「日本人のしきたり」と言う本を読んでいます。

「しきたり」とは

「しきたり」と聞くと、堅苦しいとか古臭いとか感じる人が多いとおもいます。
決まりとか、こうしなければならないとか、そんな事が一番最初に頭に浮かぶのではないでしょうか。
しかし実は「しきたり」と呼ばれるものは、人を締め付けるものでは無いのです。

私が思う「しきたり」とは、家族や身近な人、地域の仲間や友達に対する労わりや愛が、日本の歴史の中で磨かれて形になり、そして人として大切な事を伝えて行くためのものではないかと思っています。

日本独特の価値観が生み出した「しきたり」

日本は2677年の歴史が有ります。
そんな日本人の一番の特徴的な考え方としては、全てのものに畏敬の念を持ち、共存共栄を計ると言う考え方だと思います。

それが一番わかりやすいのは、宗教です。
日本は一番最初は全てのものに精霊が宿ると言う八百万(やおよろず)信仰の国でした。
そんな中から生まれた神道(ここでは神道が宗教かどうかという議論は置いときますね)の考え方で国造りが行われ、その次に新しく入ってきた仏教を中心とした国造りが行われました。
普通は国に新たな宗教が入ってくると宗教戦争が起こり、どちらかが残りどちらかが消えてゆくというのが、世界の歴史を見ると常なのですが、日本は神道も仏教もその他の宗教も共存しています。
なので日本では、結婚式は神前で行い、お葬式は仏教で行うと言うのは珍しくないですよね。

そしてもう一つ特徴を挙げるならば、新しいものの良いところを取り入れて、自分のものにしてしまうと言うのも日本人の得意とするところです。
一例を挙げるならば、日本の自動車は世界に誇るものです。
しかしそもそも自動車は外国で発明され、日本に入ってきたものですよね。
最初は外国の自動車の真似をしながら学び、その学びを基にして日本人の感覚で独自の発展をさせてゆき、現在の隆盛が有ります。

今とりあげた二つの例は、一見すると全く関係のない別物のように思われるかもしれませんが、私は日本と言う土壌だからこそ、なしえたものだと思っています。
その本質は先に書いた、全てのものに畏敬の念を持ち、共存共栄を計るという日本人独特の考え方が有るからこそだと思います。

「しきたり」の根底には ”労わり” と ”愛” がある

全てのものに尊敬の念を持つことが出来るからこそ、全てのものを受け入れる事が出来るのでしょうし、共存共栄の考え方が根底にあるからこそ、受け入れたものを自分なりに消化し自らの血肉としてから、自分と言うフイルターを通して、新しいものやステップアップしたものとして飛躍発展させることが出来るのだと思います。

相手に尊敬を払い共存共栄の考え方をその中心に置いているからこそ、家族や身近な人、地域の仲間や友達に、恥をかかせたり嫌な思いをさせない様にしようという考えに結びつくのですし、そこから生まれてきたものが「しきたり」というものになって今に伝わってきているのではないでしょうか。

日本と言う四季のある国、そして節目を大切にする日本人が伝えてきた「しきたり」。
「しきたり」と言う”形”や”決まり”という目前にある事柄ばかりに目を奪われるのではなく、その「しきたり」に込められた本質はどこにあるのか?何を言いたいのか?という事を意識するだけで、感じるものが違ってくるのではないでしょうか。

そんな事を思ったバスでの移動時間です。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。