「昔は良かった」では未来は変わらない | 過去から学び、今を受け入れるということ

ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。

昨日、僧侶をしている友人と話をしている中で、「最近、墓じまいをするお家が多い」という話を聞いて、そもそも昔は今の様に一軒に一つの墓ではなく何家族もで一つのお墓を守っていたのに、戦後の戸籍制度の改革から今のようになり、この手法は経済成長と人口増加が伴わなければ成り立たないシステムなので、結局は日本が長い歴史の中で導き出した戦前までの間に行なっていた形に戻ってゆくしかないと私は思うというお話をさせて頂きました。

そんな中で私は常々思っていることが有ります。それは「過去は懐かしむものではなく、学びやヒントを得るものだ」という事です。

過去を懐かしんでも何も生まれない

よく耳にする言葉に「昔は良かった」という台詞があります。この言葉を聞くと私は「あ~この人はもう現在や未来には意識が向いていないんだなぁ」って感じています。
例えば ”いけばな” で例を挙げるならば「昔は若い女性はみんなお稽古に来ていたのに」とか、「昔はみんなお免状を取得していたのに」とかって感じです。

この言葉を口にされる方の軸足は、完全に昔にあるのです。その結果「昔は良かった」という思考になってしまうと、今はどうなっているのかという検証や分析、そして未来をどうしたら良いのかという思考に結びつかなくなってしまいます。
すなわち思考停止の状態ですね。

過去は学びやヒントを得るためにある

昔をいくら懐かしんでも、今目の前で起きていることが変化する事なんて無いです。ってか思考停止しているんだから、今目の前で起こっている事がもっと状況を悪くしてしまう可能性はあるでしょうね。

では過去はどういう存在かというと、学びやヒントを得るためのものだと私は思っています。
というのも私の基本的な考え方は、歴史は繰り返すという事、そして世の中は常に進歩しているという事の2つだからです。

例えば女性のミニスカートは何年かに1度流行しています。これは歴史は繰り返すという事です。
そして何年かに1度のミニスカートの流行の時には、過去と同じものが繰り返しているのではなく、最新の価値観や社会情勢などが反映されてたものが生まれているという事です。これは世の中は常に進歩しているという事です。

なので私は、世の中はバネの様に螺旋しながら進んで行っていると感じています。
すなわちグルグルと歴史を繰り返しながら、同じところに戻るのではなく先に進んで行っているってイメージです。

全て ”マルッ” と受け入れる事から思考は始まる

これからどうしたらいいのかを考えるにあたってまず一番最初は、今目の前で起こっていることをそのままマルッと受け入れるという事です。
好きも嫌いもありません。良いも悪いもありません。自分の好みや感情は横に置いておいて、すべてを受け入れるのです。

だって今起こっていることを全部無条件で受け入れることが出来てこそ、正しい分析や判断をすることが出来るのですし、様々な思考が回り始めるのです。
全てをとにかく受け入れる。そしてその上で、過去で似たような事が起こっていなかったか、その時にはどのような変遷をたどたっり解決法があったのかを見てゆけば、必ずヒントやアイデアの元が見えてくるのです。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。