「無難」と言うのは「難が無い」と言う事ではなく、「難があることに気づいてい無い」と言う事だと思うのです

こんばんは。
いけばなの光風流家元 内藤正風です。

今日は朝から一日中、光風流本部いけばな教室でお稽古でした。
夜は凄い雨でしたが、朝にはピーカンで凄く良い天気の一日になりましたね。

IMG_2628光風流本部いけばな教室にある二つに増えたアボカドの鉢植えも太陽燦々と浴びてます。

「無難」って本当に良い事なのか

今日お稽古していて、今年の光風流いけばな展の企画と準備の話を担当の先生としている中で、「無難」と言うキーワードが出てきました。

この無難って言葉は日頃私たちもよく使いますよね。
「これまでと同じようにしておけば ”無難” だ」とか、「”無難”な方にしておこう」とか。

この「無難」って言葉を大半の方は「難が無い」と言う意味で捉えられていると思うのですが、私はこの言葉ほど危険な言葉は無いと思っているのです。

そもそも「無難」の意味ですが、グーグル先生によると。。。

1、危険のないこと。また、まちがいのないこと。また、そのさま。
無事。「―な日を送る」「貴重品は持って行かないほうが―だ」
2 欠点のないこと。
特にすぐれているわけではないが、格別の欠点も見当たらないこと。

とあります。

「危険のないこと。また、まちがいのないこと。また、そのさま。無事。」
ふむふむ、これは大切ですよね。

その次に、

「欠点のないこと。特にすぐれているわけではないが、格別の欠点も見当たらないこと。」
うん、欠点が無い。で優れているわけでもないって、こんなん大問題やん!!!!!

要するにこれって、何の価値もないって事じゃないですか。

何か特徴があるからこそ、そこに他にはない価値が存在する余地が生まれるのだと思います。
特徴を活かしたら特長ですし、特徴が活かせなかったら短所になるだけです。

無難って難が無いけど、ことさらに取り上げるべきところもないって事なんですよ。

「無難」すなわち「難が無い」事こそが「一番の難」

会議などで一つの議案を取り上げた時に、何の意見も質問も反対意見もなかったって聞くと、良かった良かったって大半の方は思われるでしょうが、私はこの状態は非常に危険な状態だと思っています。

何か新しい事をしようとしたり、今までと方法やシステムをちょっと変えようとしたら、そこには賛否両論あるのが普通ですし、少なくとも質問くらいはあるはずですよね。
なのにその状態で何の意見も質問も反対意見もなかったということは、未来に向けて何か新しい事を取り入れたり挑戦したりと言う取り組みをしていないのか、それともイエスマンばっかりで会議をする価値すらないのかどちらかだと思うのです。

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前例踏襲で物事を進めていれば、反対も出ないでしょう。
「前回と同様に」って金文句のように思われがちですが、前回と同じようにして未来は絶対に開けないです。
だって何故ならば、時代は流れて行っているのです。世の中の価値観はどんどん変わってゆきます。
そんな中で前回どんなに大成功したことであっても、そのまんま前例踏襲って事はもう時代の価値観にそぐう事が出来ていないって事に他ならないですよね。
一回二回なら前例踏襲でもそれで行けるでしょうが、五回も十回も前例踏襲を続けていたら、もう手遅れでどうしようもなくなっちゃうしかないです。

新しい取り組みや改革について言っているのに、みんな質問も反対意見も何もなく賛成するイエスマンばかりの状態なのだったら、それはもう組織自体が病んでいるって言うことですよね。

なので私は「無難」すなわち難が無い事が「一番の難」だと思います。
だって「難」があることに気づく事すらできていない、あるいは「難」について見て見ぬふりをしているって事なのですから。。。。。

「無難」って実はそれ自体が一番の「難」なのだと私は思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。

「無難」と言うのは「難が無い」と言う事ではなく、「難があることに気づいてい無い」と言う事だと思うのです” に対して2件のコメントがあります。

  1. 匿名 より:

    初めまして。
    自分はホストクラブで働いている者です。
    この仕事をして12年になります。

    最近先輩にお前のやり方は無難だよって言われました。
    無難って言葉最初は良い意味も悪い意味もないって事だよなって最低評価だよなって思いました。
    でも調べていくうちに、
    内藤さんのブログに行き着き、
    「無難」について書かれていたので、
    読ませて頂きました。
    読んでいく内に、
    「難がある事に気づく事すらできていない、
    あるいは難について見て見ぬふりをしている事」
    「無難って事自体が1番の難」
    この言葉を見て自分は、
    これからの自分はどうしたらいいのだろうか、
    どう打破しようか改めて考えて行動にしようと思いました。
    色々な取り組み方や改革を試してみようと思いました。

    文章力なく大変申し訳ありません。
    ただどうしても気持ちを伝えたくコメントを残させていただきます。
    本当にありがとうございました。

  2. 内藤 正風 より:

    ありがとうございます。
    このブログは私自身への自戒でもあります。
    人はついつい「無難」を選んでしまいがちです。しかしそれこそが「難」なのだと思うのです。
    私などの拙いブログにそのように仰ってくださり、わざわざコメントをいただきありがとうございます。

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