日本人がこんなにも四季を大切にするのは、八百万信仰と農業を基にした国造りがなされて来たからに他なりません

ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。

二十四節気の「立秋」を過ぎ、まだまだ暑い日が続いていますが、それでも朝晩は ”秋の気配” が強くなってきたのを感じています。
ちなみに立秋を過ぎると暦の上では「秋」になりますから、時候の挨拶は”残暑の候”となりますし、暑中見舞いではなく”残暑見舞い”となります。

秋の気配を探す贅沢

私はこれからの時期は、一足早い「秋の気配」を見つけるのが凄く贅沢だと思っています。

例えば朝早く起きると朝の空気に秋の匂いがしたり、夕刻の空の雲に秋の気配が漂っていたりという何でもないようなチョットしたことなんですが、そういう兆しを感じる事が出来ると、何かすごく得した様な気分になったり豊かな気持ちになれるのです。

四季の中で日々の営みをおこなってきた日本人

「日本には四季があります。」と私たち日本人はつい胸を張って言いたくなるのですが、これ冷静に考えてみると、日本と同じ緯度に位置する地域には全て四季があるので、四季が日本だけのものではないですし、特別に珍しいものでもないんですよね。同じ緯度に有れば、アメリカにも中国にも韓国にもヨーロッパにも四季はあるのです。
その様な中でなぜ日本人は老若男女問わず、日本の特長として「日本には四季がある」と言ったり誇りにしているのかを考えると、一つの答えが見えてきます。それは日本が八百万信仰と農耕を国造りの根幹に据えられ行われて来た事が、大きな原因だと思うのです。

日本の文化は全てが四季と密接に結びついています。
まず全てのものに精霊が宿ると考えるのですから、日々の身の回りの変化に敏感になるのは当然ですよね。そして農耕を行なおうと思えば、春には苗や種を植え秋には収穫をするという様に、四季が農作業の目安になってきます。そして春のお祭りは収穫を祈願するようなモノが多く、夏のお祭りは暑さに負けない様に無病息災や厄除けを、秋のお祭りは収穫祭的な位置づけのものが多くなるのもうなずけるのではないでしょうか。

その結果、四季によって旬の食べ物を楽しみ、四季によって咲く花が変わるのを愛でるというように、季節が生活の中の一部として完全に文化として確立されているという事なのです。

日本人が四季を誇りにする理由

日本人は八百万(やおよろず)の考え方により国が作られてきました。すなわち全てのものに精霊が宿るという考え方です。
そんな日本人だからこそ、花が咲いたり木々が芽吹いたり紅葉したり、鳥のさえずりや雪や雨、雷までも身近な存在として捉えたのだと思います。
すなわち日本の四季は、日本人の豊かな感性が文化として昇華させ、世界に例を見ないものになったのだと思います。

せっかく日本人に生まれ日本に住んでいるのですから、もっともっと日本の四季を意識すると共に楽しまないと勿体ないと思います。

これからもまだまだ毎日暑い日が続きますが、チョットした季節の移り変わりの兆しを意識し感じてみませんか。日常が、人生が、楽しめるものになると思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。