追善会は年忌を重ねるごとに、「お祀り」から「お祭り」にその役割が代わってゆくと思います
ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。
先日より私のブログにおいて、4月18日(土)19日(日)に開催する「内藤仙甫50回忌追善いけばな展」に関連して思う事について何度か取り上げていますが、今日のブログでは、追善も年忌を重ねるごとにその役割が変わってくるなぁと思うので、そんな事について取り上げたいと思います。
遺族の心は年忌ごとに移り変わってゆく
自分の近しい存在が亡くなるというのは、人間は必ず経験します。なぜなら人には寿命があり、一般的には子が親を見送るのが物の順番だからです。
そして近しい人を失うというのは、悲しいという言葉では言い表す事が出来ない、喪失感、孤独感、辛さ、あるいはもっとこうしていたら良かったという罪悪感や怒りという様な様々な感情や思いでいっぱいになります。
がしかし、この感情や思いは、ほとんどの場合、時間と共に薄れてゆき懐かしい思い出になってゆきます。
ちなみに私の場合は、母が亡くなった時には私が高校生だったという事と共に、ある日突然に亡くなったという事もあり、悲しいという感情はもちろんありましたが、それよりも「えっ!」「ほんまにほんま?」っていう感情というか、よく分かっていないという方が大きかったと思います。
そして父が亡くなった時はこの真逆で、93歳まで自分の事は自分で行ないながら生きてくれましたので、悲しいという感情はもちろんありましたが、「93歳までよく生きてくれて有難う」という思いを合わせて感じていました。
「お祀り」と「お祭り」
そんな中で私は、親の法要を1周忌から50回忌まで経験している事になるのですが、そんな中で追善には2つの意味があるなぁと感じています。まず1つは、亡くなられた方の御霊の安らかならんことを祈るという「お祀り」、そしてもう1つは、追善という機会を理由にして、子や孫や親戚が集い、交流し懇親を深めるという「お祭り」です。
そんな風にして考えますと、「お祀り」というのは、神様や、先祖を含めた仏様をお祀りすると共に敬う儀式や祈祷がそれにあたり、厳かな行為であると言う事が出来るのではないかと思います。
一方で「お祭り」は、神様ならば祈願や感謝をしたり、先祖の追善を行なったりするために人が集まって賑やかに行なう行事と言う事が出来ると私は思うのです。
年忌も長くなれば、おめでたいという意味が加わってくる
法要や追善というと、悲しい場とみんなが思っています。これは年忌の浅い法要や追善は、残された方にとって悲しさという気持ちが一番大きな機会に他ならないからです。がしかし一方で、年忌が古くなればなるほど、めでたい機会という側面が含まれてくると私は思っています。
そう思う一番の理由は、法要や追善を開催するという事は、後継者がそこに居るから行なう事が出来ているということにあります。つまり年忌の古い法要や追善を行なっているという事は、その家や企業や団体が連綿と続いているという事に他ならず、それはつまりおめでたい事に他ならないからです。
とりあえず母が亡くなって50回忌を迎えることが出来たという事で、この度の追善会は冥福を祈ると共に、ここまで皆さんのおかげで来る事が出来たという感謝の機会でもあるなぁと私は感じています。
内藤正風PROFILE

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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。




