周年は、みんなで遊んで盛り上がり楽しんじゃうくらいが丁度良いと思った中秋の夜
おはようございます、内藤正風です。
今日は朝からピーカンで、まだ10時前だというのに事務所でエアコンをかけずにパソコンに向かっているだけなのに汗がじんわりとにじんでいます。
今日もお昼間は暑くなりそうです。
還暦の私が、支部55周年の歴史を知っている理由
昨夜は、私ども光風流の西播支部創立55周年記念式典といけばな展に伺ってきました。コロナ禍という事で式典にご参加いただく方の人数は限定しての開催でしたが、55年の歴史の重みを改めて痛感する機会になりました。
会場がお寺の本堂という事もあってか、お亡くなりになられてしまっているこれまでに西播支部を支えてくださった歴代支部長や役員の先生方のお顔がお1人お1人頭の中に浮かんできて、そういう先生方と式典を一緒に過ごすことが出来たように思っています。
今の光風流で、西播支部創立の時に活躍してくださっていた先生方全てのお顔を知っているのは、私を含めて片手で足りるくらいではないかと思います。ま、それが良い悪いという事ではなく、歴史を積み重ねるという事だと思います。
ちなみに何故私がそんなことを良く知っているのかというと、わたしは母が病弱だったこともあり、小さかった頃に母が寝込んでいる時には父に連れられて各地の教室に行っていましたので、古くに活躍されていた年配の先生方だけではなくお稽古にお越しになられている生徒さん方のお顔もかなり知っていたりしています。
なので今年60歳の私が55周年の西播支部の発足時から今までのことを結構よく知っていたりするのです。
ある意味、病弱だった母のおかげといったところでしょうか。(笑)
霊の存在はわからないけれど、見えない力を感じた夜
昨日の55周年式典が進んでゆく中で、これまでに西播支部を支えてくださった歴代支部長や役員の先生方のお顔を思い浮かべている時、懐かしいという思いと共に「幸せだなぁ」という気持ちになっていました。
温かいお風呂に入っているというか、ふぁ~っとした感じといいますか、幸せというよりはポワンとした感じなんです。。。これじゃ伝わらないですよね。多幸感とでもいうのでしょうか。
けれどその時に私はハッキリと思ったんです。
光風流や光風流西播支部に心をや想いを寄せ活躍してくださった物故者の先生方も、祝福してくれているんだなぁ~って。
とはいえこんなこと言っていますが、私は霊感の「れ」の字も持ち合わせていません。隣で寝ている人が金縛りにあっていても私は全く気付かないどころか何もなくガーガー寝ているくらいですので。
なので自分で勝手にそんなことを思っているだけで、何の根拠もない勝手な思い込みなんですけれどね。
お寺という環境がそんなことを思わせたのかもしれませんね。
周年はみんなで遊んで盛り上がり楽しんじゃうくらいが丁度いい
周年なんて単なる数字の積み重ねだという方もあるでしょう。しかし私は周年は大切にしないといけないものだと思っています。
人には寿命があります。人間の寿命が延びたとはいえ不死ではありません。長生きしてもたかだか100歳程度です。
そんななかで1つの事を積み重ねてゆき100年200年と歴史を積み重ねようと思ったら、世代を超えてバトンタッチをしてゆかなければなりません。
このバトンは繋いでゆくことこそが何よりも大切なのであって、途中でつながらなくなってしまったら、それまでの歩みすらなかったことになってしまうのです。
そういう中で今バトンを持っている私たちが過去を顧み未来を考える機会として、周年という機会はまさに相応しいと思うのです。
とはいえ堅苦しく難しくする必要はないので、周年を理由にしてみんなで遊んで盛り上がり楽しんじゃうくらいが丁度いいのではないでしょうか。
そんな事を思った中秋の夜でした。
内藤正風PROFILE
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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。