「畳の部屋」や「床の間」を見なくなり日本の伝統が失われていると言われていますが、実はもう少し長い目で見てみると全く違った姿が見えてくるのをご存じですか

ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。

「畳の部屋がなくなった」とか、「床の間が無くなった」とかって聞くようになって久しいですよね。皆さんはいかがですか?なかには、「日本の伝統の文化が失われていっている」と仰られるかたもあります。
けれどこれって本当に、日本の伝統文化が失われていっているのでしょうか。

結論から言いますと、畳の敷き詰められた部屋や床の間が有る家って、昔むかしはほとんど無かったのです。
「えぇぇ~」って思われた方は、ココから先を読んでいただくと、納得していただく事が出来ると思います。

「畳」や「床の間」の歴史

「床」や「床の間」っていうのは元々は、武家や公家、神社やお寺など、限られたところにしかありませんでした。
それが江戸時代に入ってから、身分の偉い人を招く事がある庄屋さんやお金持ちなどの家に、床や床の間が設けられるようになり、そのあとしばらく経ってから一般のお家に広まっていったのです。

畳も、昔むかしは板の間が普通で、畳は身分の高い人が座る場所やごく限られた場所に用いられているだけでした。
それを確認するのは、時代劇が一番わかりやすいです。テレビの時代劇で江戸時代中期以降の時代のもののお城をご覧いただくと、お部屋や廊下に畳が敷き詰めてあります。
しかし戦国時代以前のもののお城をご覧いただくと、畳はお殿様の座られる場所に2~3畳敷いてあるだけでそれ以外の場所は木の床になっています。
この理由は簡単で、戦国時代までのいつ戦が起こるかわからない時代には、いつでも草鞋のまま上がれるように木の床だったのですが、太平の世になり戦が無くなる事によって畳がお城でも敷き詰められるようになったのです。

それが段々と一般のお家の主人の部屋や客間などにも使われるようになり、そしてすべてのお部屋に使われるようになったのです。

なので江戸中期から昭和という、日本の歴史2686年の中での短い期間で見れば、確かに「床」や「畳」というものが失われていってしまっていると言う事が出来ますが、もっと長い期間で見ると、昔むかしの日本に戻っていっているという事でもあるのです。

そして「いけばな」自体が、この住宅環境や生活様式の変化に合わせて移り変り、新しい花形が生まれ、今日まで歴史を積み重ねてきているのも事実なのです。

一つの事象について、見方や切り取り方や捉え方次第で、全く違う答えが生まれる

一つの事柄も見方次第で、失われているとなったり、元に戻っているとなったり全然違った判断になってきます。
これってすなわち、あなたの身近に起こっている事も、見方を変えれば判断が変わってくる事がとても沢山あるのではないかと思います。

固定概念や常識というような自らを縛り付けた観点で物事を見るのではなく、もっと肩の力を抜いて見てみると、新しい視点や視野が広がってくるのです。

日本は畳の文化の国?
日本は床や床の間の文化の国?
昔からの伝統が無くなっていっているの?

見方ひとつで、「そう」とも言えますし、「そうではない」とも言えますよね。(笑)

もっと自由に色々な視点から物事を見てみると、今までに気付かなかった沢山のものが見えてくると思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。

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