光風流新年賀詞之会で来賓と話をしながら思った、「ハレ」を大切にする事こそが人生を豊かにするという事
ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。
先週末、私共光風流では「新年賀詞之会」を開催しました。
その時にご来賓と話をさせて頂いている中で、「光風流さんの新年賀詞之会に寄せて頂いたら、皆さんお着物を着ておられて華やかなので、他の新年会とその場の雰囲気から違っていて楽しいです。」と仰ってくださった方と、その場でお話をきいておられたご来賓全員が「うん。うん。」と頷いておられる様子を拝見しながら、やっぱり「ハレ」って大切だなぁと思ったので、今日はそんなことについてブログを書きたいと思います。
日本に古来からある「ハレ」という考え方
日本には古来「ハレ」と「ケ」という考え方が有ります。
「ハレ」とは特別な事、すなわち儀礼や祭や年中行事などの「非日常」の事をさし、「ハレの日」とか「晴れ着」という言葉はここから来ています。ちなみに日常のことは「ケ」といいます。
人が生きてゆく中で、人生を豊かにするためにはメリハリが大切です。すなわち特別な瞬間、すなわち「ハレ」を「意識して作る事が大切」だということです。
たとえばこの新年賀詞之会ですが、 ”お花” も ”特別な設え” も ”特別なプログラム” もなく、単に食べるものと飲み物が置かれているだけだったらどうでしょうか。そんなの単なるただのお食事会とか飲み会に成り下がってしまいますよね。
つまりそれは、この新年互例会という機会を特別な機会に出来なくなってしまうと言うことです。
“ハレの日” は意識して作り出すことで、はじめて生まれる
「意識して特別感を作り出す」、それにはたとえば ”日の選定” という要素や ”特別な衣装を着る” ということ、あるいは ”特別な儀式や祭礼を行う”、他にもその時ならではの ”特別な食べ物を頂く” というようなことなどが考えられると思います。
そしてこの特別な要素が沢山あればあるほど、その催しが大きな節目であるということが伝わりやすくなるでしょうし、ハレの日としての価値が大きくなるのです。
近年特に、多くの人が「面倒くさい」からと言う理由で、色々な事を簡単にしたり無くしたりしようとします。しかし何でもかんでも簡単にして「ハレ」を無くしてしまうということは、日常の中に特別な機会や節目を無くしてしまうということに他ならず、それはすなわちメリハリのない人生、いうなれば刺激も楽しみも無くしてしまう行為に他ならないのです。
たかがお花1つでも、ハレには欠かせない存在なのです
お花なんて飾らなくてもお正月は来ます。お花なんかなくても誕生日は祝えます。けれど特別な場には、必ずお花が飾られています。
お葬式の時には仏前にお花が手向けられています。地鎮祭や神前結婚などなさるときには、玉串奉奠を必ず行います。格式の高いホテルには、必ず生のお花が飾られています。お祝いのパーティーや外国からの賓客をもてなすような場所では、必ずお花が飾られています。
お花なんて、たかがお花です。がしかし、格式高い機会や場所や特別な機会であるばあるほど、お花はそのハレに不可欠な要素になるのです。
面倒くさいから、手間がかかるから、お金が必要だから、というような理由で物事を止めたり縮小したりするのは簡単です。がしかしそれは、ハレという時別な機会を自ら無くして人生をメリハリが無くつまらないものにしてしまう行為に他ならないのです。
人生にメリハリが無くつまらないと感じたり思っている人は、ハレを是非大切にするべきだと思います。
内藤正風PROFILE

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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。





