”お寺のおかれている現状” と ”いけばなのおかれている現状” には共通点があり、その比較から新たなヒントが生まれる
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ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。
先日、光風流本部いけばな教室において会議を行なったときに、”お寺のおかれている現状” と ”いけばなのおかれている現状” には共通点があるというお話をさせて頂いたので、今日はそんなことについてブログを書きたいと思います。
戦後移り変わっていったお寺の役割
皆さんは最近、お寺に行かれましたか?お子様は、お孫さんは、お寺に最近行かれましたか。このようにお聞きすると多分大部分の方が、「いいえ、行っていません」とお答えになられるのではないでしょうか。私はこれが最近よく言われる「お寺離れ」の元凶の一つだと感じているのです。
お寺って、観光地とかお葬式や法事のときに行く場所くらいに思われている方も多い事と思います。がしかしこれって、日本の長い歴史の中でいうと100年に満たない期間のお寺の姿でしかないのです。ではお寺って何だったのかというと、元々は地域のコミュニティだったのです。
お寺は戦後の政策の影響を受けて、その役割が変化しました
たとえば「寺子屋」ってご存じでしょうか。お寺で今でいうところの学習塾であり学校を開催していたのです。なので地域の子供たちは定期的にお寺に行って、本堂などで勉強を教わっていました。こういう事も日本人が世界でもまれに見る識字率の高さに結びついてきているのです。そして子供たちはこの様にお寺に行って勉強をしていたのですから、当然遊ぶのもお寺の境内などだったのは言うまでもなく、地域の公園や学校の運動場の役割も担っていたのです。
そして何よりも重要な事があります。それは戸籍係も担っていたという点です。皆さんは「過去帳」という言葉をお聞きになられたことがあるでしょうか。過去帳とは檀家のお家の先祖代々を記した帳簿になります。なのでどこの村の〇〇と〇〇の長女◇◇が、〇〇〇兵衛の長男〇〇と結婚したという風な事から、〇〇〇兵衛が◇年◇月◇日に亡くなったという事まですべて記載してあるのです。テレビでルーツを探るような番組があるときにお寺に行って調べられていたりしていますよね。あれがこの「過去帳」を紐解いて調べているのです。
なので戦後、庶民の基礎的な勉強はお寺から小中学校に移り、戸籍もお寺から市役所に移り、それまでにお寺が担っていた役割が無くなっていったのです。
高度成長とともに憧れを手に入れた日本人
そして高度成長時代によって、日本は大きく変革しお寺も大きくその影響を受けることになりました。
大人たちが日頃地域で集まるのもお寺でした。現在は町ごとに公民館などがありますが、この公民館は戦後の高度成長期以降に日本人が豊かになって建てられるようになったものに他なりません。
なのでそれまでは、地域のお寺が地域の公民館の役割も果たしており、地域の役員会や青年団の集まりをはじめとして、あらゆる機会にお寺は公民館の役割も果たしていたのです。
そしてもう一つ、高度成長によってお寺関係で日本人が手に入れたものがあります。それが立派な戒名と立派なお葬式です。
戦後すぐくらいまでは、お葬式なんて近親者が集まって村の墓地に埋める(土葬する)程度のものでしたし、墓石なんかもその辺の適当な大きさの石を土葬した上に置いておく程度だったのです。
そして戒名なんてついていない人もあるし、仮についていても一番位いの低いものがスタンダードでした。
ところが高度成長で豊かになった事によって、お葬式は立派な祭壇を設けて行なうようになり、戒名も、院号なんて昔はお殿様くらいしかつけていなかったし、居士大姉なども地域の名士くらいしかつけていなかったようなものを皆が求めるようになったのです。いうなれば「憧れを手に入れることが出来るようになった」という事です。
なので戒名が高いって言われる方がありますが、戒名は高いものなんです。だってお殿様がお寺を一つ建立したり、地域のお金持ちがお寺の本堂の立替費用を全部負担して、それで得ていたのが院号や居士大姉なんですから。
なので逆に言うと院号や居士大姉が100万や200万円でいただけるのは、お寺一つ建立したり本堂の改修費用を全額負担することに比べたら、お安いといえるのではないでしょうか。
話しを元に戻して、ここで大切なのは、お寺が地域のコミュニティーとしての役割を終えた時期と、お寺が葬儀や観光に軸足を移してゆく時期が同じころだったので、お寺が変ってゆくことについて、ことさらに誰も気にすることはなかったという事です。
大きな声では言えませんが、地域のコミュニティー時代よりも葬儀や観光に軸足を移してからの方が儲かっていましたしね。
ちなみにこれはいけばなも同じなんですよね。
ええしのお家にしかなかった床のあるお家を手に入れた。ええしのお嬢さんが習っていたお花を、自分の娘にも習わせてやることが出来るようになった。そういう時代背景の中で、いけばなもブームといえる状態に突入していったのです。
ブームはいつか終焉を迎える
戦後の高度成長時代における日本で起こった色んなものは、日本人が豊かになったことに起因するブームだったという事が出来るでしょう。先ほど書いたお葬式&戒名ブーム、床の間のある家を建てるブーム、いけばなブーム、みんなそのブームの中の一つだと私は捉えています。
がしかし、ブームはいつか終わりが来るものです。だってブームは一過性のものなのですから。その結果、床の間のあるお家はほとんど見かけなくなりました。が、お寺や神社や、ええしのお家では今も床の間が設えられています。
お葬式や戒名も、家族でお見送りしたり必要以上の戒名をつけたりしないのがスタンダードになっています。とはいえ、それなりに手広くお商売や経営をなさっておられたり社会的地位のある方は、それなりに通夜告別式を行われていますし、そもそも古くから永代居士をもらわれているようなお家は、放っておいても居士大姉の戒名がつけられています。
いけばなも、花嫁修業の一環としてお稽古にお越しになられる方は皆無です。がしかし、お家にお花を飾ることを大切になさる家風の方や、いけばなを学ぶ事を通じて自己を高めようと思われている方は、お稽古にお越しになられています。
つまり、憧れやお金のあるなしではなく、必要とされる方は流行とかブームとかに関係なく必要な事を行なわれるという事なのです。
似た状況におかれているものと比較するからこそ、気づきが生まれる
こういうお話をしていると「昔は〇〇だった」といわれる方があります。たとえば ”最近はお葬式が家族葬ばかりだ” とか、”最近は戒名もいらないという” とか、”昔はみんないけばなを習いに来ていたのに” とか、”昔はみんな許状を取得していたのに” というような感じの話です。
が、私はその思考に未来はないし何の価値もないと思っています。
だってこれらの言葉を100回唱えても何も変わりません。ってかそんなこと繰り返して言っていると、周りから悔やみごとばっかり言う面倒くさいやつって思われてしまうマイナスしかないですよね。
時代は移り変わってゆくものです。お寺が戦後の時代の移り変わりの中で、お葬式屋さんや観光屋さんになったのも、時代のニーズに合わせてです。いけばなが花嫁修業の一環になったのも、時代が求めたからです。
そんな中、時代が進み、いまの私たちを取り巻く環境や私たちが果たせる役割が、その当時とはおおきく変わってきているということなのです。
とはいえ、私は未来が無いと考えているのではありません。これまでとは違う環境、違う価値観の中で、これまでとは形を変えて伝承され継承されてゆくようになると思っています。ブームは一過性のものです。したがってブームが過ぎれば本来ある姿に戻るというのが真理だと私は思っています。
したがってお寺にしろいけばなにしろ、その本質とするところを核としながら歩みを進めてゆくという事です。つまり時代は巡るといいますが、とはいえ全く元に戻るのではなく、本質があるべき姿で伝承されながら時代に合わせた形になっていくのです。
自分の事だけを見ていると気づかなかったり分かりにくいようなことも、似たような状況にあるものと比較したり考えたりすると、新たな気づきがあるのではないかと思います。
内藤正風PROFILE
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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。
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