「秋」を探してみよう | 二十四節気の「寒露」から感じる、いけばなと季節の移ろい

ごきげんよう、こんにちは、そしてこんばんは、内藤正風です。

昨日は、二十四節気の「寒露(かんろ)」でした。二十四節気というのは、季節の移り変わりを表す昔からの暦になります。9月に「秋分」が過ぎ、昨日が「寒露」。「寒露」という名前を聞くだけでも、なんとなく秋が深まってきた感じがしますよね。

ちょうど昨日、お稽古に来られた先生と、教室の窓から秋晴れの空を見ながら「秋らしい空ですね」という話をしたところでもありました。

季節は、一日で変わるものではありません

とはいえ、「寒露」になったからと言って、突然ガラッと空気が変わるわけではありません。季節というのは、少しずつ少しずつ、私達が気付かないうちに、けれど着実に変わっていっています。
朝晩の空気が少しひんやりしてきたり、日が暮れるのが早くなったり、道を歩いていて目に入る草木の様子が変わってきたり。そういう小さな変化が積み重なって、「あぁ、秋になったなぁ」と感じるのです。

だから私は、二十四節気は、単に暦の上での存在ではなく、もっと大きな役割を果たしてくれていると思うのです。
つまり「今日は寒露ですよ」と教えてくれることで、普段なら気に留めないような季節の変化を感じたり、周りに目を向けるきっかけを作ってくれているのです。

いけばなをしていると、季節の変化がよく分かります

いけばなをしていると、季節の移り変わりをとても身近に感じます。これは私だけではなく、いけばなに携わっている皆さんそうだと思います。

使う花や枝が変わっていく。同じ植物でも、その時期によって表情が変わっていく。葉の色や姿、枝の伸び方、花の咲き方などを見ていると、「あぁ、もうこんな季節になったんだなぁ」と日々の教室を通じて感じます。
そしてこれって、暦を見て季節を感じるのとは、まるっきり違う感覚なのです。

季節を知識として知るのではなく、自分の手に取って感じる。私はここにも、「いけばなの魅力」の一つがあると思っています。

「秋」を探してみる

寒露を過ぎた今、皆さんも身の回りにある「秋」を少し探してみてはいかがでしょうか。朝の空気だったり、道端の草花だったり、木々の葉だったり、夕方の空だったり。
もしかすると、昨日まで何気なく見ていたものの中に、「あぁ、秋になっているなぁ」と感じるものがあるかもしれません。

季節というのは、カレンダーや暦の中だけにあるものではありません。
私たちの身の回りにあって、それを見たり、聞いたり、触れたり、感じたりすることで、「季節がやってきたんだなぁ」と実感するものなのです。
そしてそれこそが、日本人が「日本には四季がある」と誇りに思っている、感性であり叙情であり情緒であり愛でる心に他ならないのです。

秋はこれから、まだまだ深まっていきます。せっかくの秋なのですから、食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、そして他にも「いけばな展の秋」などもあります。
今しかないこの秋を、ゆっくり楽しみましょう。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。