「多数決=公平」そして「多数意見=正しい」という考えは、ある側面ではそうですが、別の側面からみると大きな間違いでもあるのです

ごきげんよう、こんにちは、そしてこんばんは、内藤正風です。

今日は光風流本部いけばな教室で会議をしたり雑務をこなしたりしながら、いつもお世話になっている写真スタジオの栄光社さんでいけばな作品の撮影をしていただいたりと、忙しいわけではないですが暇でもないという11でした。

みんなの意見を取り入れる事なんて不可能です

今日の会議の中で思ったのですが、”皆さんの意見に耳を傾ける” とか ”皆さんの意見を取り入れて” って、一見するとすごく良いことのように見えますが、じつはそれって一番無責任で且つ良い子になろうという極めて利己的な思考であり行動だなと思ったのです。
だってみんながそれぞれに好きに意見を言い、それらをすべて取り入れようとしたら、何も出来なくなる結果しか待っていないのですから。

わかりやすい例を挙げると、兵庫県に在住の人たちに私が「みんなどこに旅行に行きたい?みんなの意見を取り入れて決めようと思う」って聞いて、1人は東京に行きたい。別の1人は広島に行きたい。ほかの1人は和歌山に行きたい。もう1人は香住に行きたい。って東西南北いろんな意見を言われたらどうなります。
みんなの意見を取り入れようとしたら、結局どこにも行けなくなってしまいます。

みんなの意見を取り入れるなんて、ただの無責任でしかない

みんなの意見を取り入れてって言葉からは、すごく物分かりの良い人みたいな印象とか、民主的な人みたいなイメージとか、優しいリーダーみたいな感じを持たれる方も多いと思います。
しかしこれって私から言わせれば、ただの無責任な行動にしか感じることが出来ないのです。

だって、みんなの意見を取り入れてと言うことは、うまく行ったときには「みんなの意見を取り入れて行なったので良かった」という自分の手柄にして、うまく行かなかったときには「私はみんなの意見に従っただけ」とか、なんなら「みんなが言うから私の考えは違っていたのだけれど。。」みたいな責任転嫁や逃げをする、極めて利己的な思考であり行動に他ならないと思うからです。

みんなに意見を求めるときには、明確な方向を指し示さなければ意味がない

ではみなさんに意見を求めるのは良くない事なのかというと、そうではありません。明確な方向性を指し示し、そのために必要なアイデアやヒントを求めるのです。

たとえば先ほどの旅行の例でいうと、「香住に1泊で行ってカニを食べるとともに観光もしたいと思うのですが、何かいいアイデアはないですか?」って感じです。
そうするとみんなから出ている意見は、同じ目的や方向を目指すものになりやすくなります。たとえば、みんなで乗り合わせて車で行けば交通費が安くできるよ。とか、行き帰りも飲めるので電車で行こう。とか、車で行くならば道中で出石に立ち寄ってそばをお昼に食べていこう。とかのように、内容が豊かになる意見が出てくるようになります。

つまりここで必要なのは、リーダの立場にあるものが明確な目的を指し示すという事なのです。

意見は丸呑みするのではなく、意見の検証が大切

そしてその他にリーダーの立場にある人に大切なことが有ります。それは、出た意見は全てを精査し、取り入れるべき意見かそうでない意見かの判断をすることです。

これも先ほどの旅行の例でいうと、「香住にカニを食べて1泊しに行こうと思うのですが、何かいいアイデアはないですか?」という質問をしているのに、カニ食べるのだったら上海蟹を食べに中国に行こうという意見がでたとしましょう。
しかしこれは全く役立たない意見になります。だって必要とする日数や必要な予算もまるっきり違うレベルのものになりますから、同じ蟹の話であっても取り上げる必要のない意見になります。

つまり、意見を求めるという事は、出された意見の中からどの意見を取り入れるのか責任をもって判断する作業も伴うという事に他ならないのです。

多数意見が正しいとは限らない

そしてもう1つ忘れてはいけないのは、多数意見が必ずしも正しいとは限らないという事です。

日本人の多くが、「多数決=公平」そして「多数意見=正しい」という意識を持たれているように思います。確かに多数決はモノの決め方の1つの手法としてはアリだと思います。しかし多数意見が必ず正しいとは言えないと私は思っています。

例えば、人の名前を赤い文字で書くのは前歴者を表す手法だと古来よりいわれています。そんな中10人の会議でこの事を知らない人たち9人が「名前は赤字で書いたほうが目立って良いよね」と言って、「いやそれは前歴者の事になるのでやめたほうが良い」という人が1人だった場合に、多数意見=正しいという考え方だと、間違った手法を選択してしまうようになります。

なので私は多数決がすべてに勝る意思決定方法だとは思っておりません。

色んな人の考えを聞くという行動は、情報を集めているにすぎない

思う事を自由に言う事が出来る環境は大切です。そして多くの人の意見を聞くという事も大切です。しかしそれは、みんなから出た意見を無条件に取り入れる事ではありません。
皆さんの考えをお聞きし、自分に無い考え方や思考を補い、その上で責任をもって判断を行なうために必要なステップだという事です。

良い判断をするためには、色々な情報(意見)に基づいて考えたほうが良いのは言うまでもありません。なので色々な情報を集め、そして正しい情報かどうか、今必要な情報かどうかを精査したうえで、テーブルに並べる必要があるのです。
なぜならば、1つの物事を判断するときに1しか情報がない状態で判断するのと、10情報があって判断するのと、100の情報があって判断するのとでは、100の情報に基づいて思考し判断したほうが絶対に良い判断が出来るのは間違いないからです。

なんか今日のブログは光風流の役員の皆さんへの業務連絡みたいになっちゃいましたが、全ての人の意見を取り入れようなんて行動は、自分で自分の首を絞める行為にしかならないと私は思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。