せっかく生きているのに、自らの体験から学びを得ずに済んでしまっているのはもったいない
ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。
今日はお昼に、ある団体の例会に参加してきました。その団体は7月から6月が年度となるので、今日の例会では「一年を振り返って」というテーマでNo2の役職の方がお話をなさったのですが、通常ならば30分程度話さないといけない所をものの10分ほどで終えられてしまったのです。
参加されていた方々からは「えっ?」という驚きと共に失笑や苦笑いが漏れていたのですが、ご本人は時間一杯しっかりとお話をしないといけないという事をたぶんご存じなかったのだと思います。
そんな様子を拝見しながら、「学ぶとは、意識する事が無ければ得る事が出来ないんだなぁ」ということを改めて思ったので、今日はそんな事について書きたいと思います。
同じ場にいるから、同じ事を見たり学んだりしているとは限らない
私はいけばなを皆さんに学んでいただく事を家業としています。そんな中、つくづく感じることが有ります。それは、「同じ場に居ても、人によって気付きや学びは全然違う」という事です。
講習会において一緒の教室で私のお話を聞いておられるのに、記憶されている方と記憶されていない方が有ります。あるいは私の講義を聞いておられても、学びとされている点が違ったりします。
なぜこんな事が起こるのか、若い時には不思議でなりませんでしたが、ある時判明したのです。それはご本人の意識の違いによって、見たり気にしているところが全く違っているという事なのです。
せっかく生きているのに体験から学びを得ないのはもったいない
物事は見方次第で、学びや刺激になるかならないかが変わってきます。興味を持って、疑問を持って、目を開き感じようとアンテナを立てれば、いっぱいの事を得る事が出来ます。しかし同じ空間に居て同じものを見ていても、興味も疑問も持たずにただただ漠然とそこに居たら、何一つも得る事はできません。
ちなみにこれはいけばなのお稽古の事だけではなく、役員をしてくださっている先生にも同じことが言えると思っています。これまで役員の立場で何度も何度も関わり、目にし体験しているのに、何一つも記憶なさっておられない方がおられたりもしますので。
ま、こういう方にイライラしても仕方ないのだと私は思うようにしています。だってこういう方(相手)は私ではないのですから、そんな人相手に意識を向ける事自体が時間の無駄だからです。
もう本当に何を感じてくださっているのか、どんな刺激を感じてくださっているのか、どんな学びを得てくださっているのか、これは神のみぞ知るって事なのかもしれません。(苦笑)
とにかく一つハッキリと言えるのは、せっかく人生の貴重な時間を使ってそこに居るのに、体験から何の学びを得る事も無いだなんて、もったいない人生だなぁと思います。
周りに興味を持たないのは勝手だが、自らの信頼を失っていることに気付くべき
こういう方に一つ共通していることが有るなぁと私が思っていることが有ります。それは、こういう人って自らの何とも思っていない言動によって、自身が信頼を失っていっているという事です。
周りに興味を持たないのは勝手です。その場や体験から、何も学ばないのもその方の勝手です。しかし、確実に信頼を日々失っているという事に気付くべきだと思います。
ま、そういう方は、信頼を失っているという事にすら、残念ながら気づかれていないのでしょうけれどね。
内藤正風PROFILE

-
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。




