言葉は嘘を隠したり自分を飾る為に用いられる事が多いが、行動はその人の本性を現すものであるという事を改めて痛感した日

ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。

今日のブログは、「言葉と行動の本質」という事について、自戒を込めて書きたいと思います。

心を感じられない言葉は、聞けば聞くほど嘘にしか見えなくなる

昨日、「やっぱりなぁ」と思うことが有りました。それは何かというと、私の持論は間違いないという気持ちを新たにする機会があったのです。ちなみにどのような自論かというと、「言葉は嘘を隠したり自分を飾る為に用いられる事が多いが、行動はその人の本性を現す」というものになります。

その方は、口では様々な奇麗ごとを仰られます。そしてまじめに一生懸命に行なっている風を装われています。がしかし全く一生懸命でもないし、周りの人にとても大きな迷惑を撒き散らしているのに、そんな事お構いなしでマイペースで自分の思うようにしかなさいません。
何なら一生懸命ならば許されたり認められたりするのは、幼稚園や小学校の時の話であって、中学校以降では成果が出てなければ一生懸命だから認められるなんて事が無いのは、スポーツやテストを通じて十分学ばれているはずです。

その上、二言目には「すみません」とか「申し訳ありません」を連発されるのですが、その直後に何かが改まるわけではなく、マイペースで自分の思う行動と発言を続けらています。

心の無い言葉や文字や態度は、こんなにも相手に嫌な思いをさせるものなのだと、改めて感じます。

奇麗な言葉や言い訳をいくら並べても、信頼を得る事はできない

私はおべんちゃらを並べたり、歯の浮くようなセリフを言えるようには育ててもらっていません。なにせ明治生まれの父と大正生まれの母親に育てられていますので、令和の今となっては完全な時代遅れというか、時代錯誤な存在と言われても仕方がないなぁとも自分自身でも思います。
以前のテレビドラマに「不適切にもほどがある」ってのがありましたが、正にあの時代を生きてきた昭和のおっさんです。

そんな私でも、たったひとつわかることがあります。それは、どんなに美辞麗句を並べたり、もっともらしい言い訳をしても、信頼を得る事はできないという事です。

言葉は嘘を隠したり自分を飾る為に用いられる事が多いが、行動はその人の本性を現す

ハッキリ言って、私の様な低いレベルの人間には、綺麗な言葉を並べられたり話を聞いている風を装われたら、最初はわかりません。そうなんだ。と信じてしまいます。
がしかし、その人と長く時間を過ごしていると、その人の言動から違和感を感じることはできます。「あれ?」とか「えっ?」ってやつです。

「目は口ほどに物を言う」という言葉がありますが、今回の事からつくづく思うのは、「言葉は嘘を隠したり自分を飾る為に用いられる事が多いが、行動はその人の本性を現すもの」であるという事です。
どんなに聞いている風を装っても、どんなにやっているように美辞麗句を並べても、行動とその行動による結果が全てを表しているという事に他ならないのです。

言い方を変えれば、人に丁寧に接していないんですよね、核の部分で。どんなに綺麗な言葉を並べたり出来ない理由を並べても、行動が伴わなければ誰にも信用してもらえなくなるし、これって自分さえよければよいという思考に他ならないという事です。

とそんな事を思いながら、自分がこうならないようにしないといけないなぁと、自戒を込めて今日のブログにしました。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。