机上の空論をいくら話しても相手には伝わりません。その理由は、自らの体験としての言霊が宿っていないからです
ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。
今日は、各地にある光風流の支部において開催している講習会の指導に当たっていただいている講師の先生方を対象にした研究会を開催しました。
その中で、「実体験の大切さ」と「実体験に基づく言葉が伝わるのはなぜか」という事について改めて思う機会になったので、今日はそんなことについて書きたいと思います。
「実体験」に基づく話が、なぜ伝わるのか
どんなに綺麗な言葉を並べていても上っ面だけの話って、聞いていて引き込まれたりしないですし納得するようなことも起こりません。だって実体験という裏付けがないのですから、その話されている言葉には信頼も重みも何もないからです。
それはつまり言い換えると、「言霊」が無いという事だと思うのです。
私は人前でお話をする事が苦手です。勉強も足りないので素晴らしい単語も出てきません。
田中角栄さんのように人を引き込む話術もありません。小説家のように言葉を操って美しい文章を作ることも出来ません。
とにかく自分の言いたいことが間違って伝わらないようにするだけで精一杯です(苦笑)
なので私は自分がお話しさせていただく時には、成功体験であれ失敗体験であれ、自分が実際に体験したことしか皆さんにはお話ししませんし、自分の体験したことや自分の考えに基づくお話しをさせて頂いています。
だってそれしか私には出来る事がありませんから。
言霊とは何か
「言霊」って聞かれて何を思われますか?
「霊」って文字から、お葬式とかを連想された方。ゲゲゲの鬼太郎に出てきそうな、おどろおどろしい妖怪を連想された方。あるいはスタジオジブリの映画に出てきたこのキャラクター。
もう完全に、アニメの見すぎです。(笑)
「言霊」とは、wikipedia先生によると以下の通りに書かれています。
言霊(ことだま)は、日本における、言語にこもる精霊、または霊力のことである。「言葉に霊力がこもっている」という考え自体は日本列島の古代社会にすでに存在したものであり、『古事記』『日本書紀』『風土記』などにその影響が見られる。
まあ、ムッチャざっくりと簡単に言うならば、 ”言葉に宿る力” って事なんだと思います。
こういうお話で皆さんがよくご存じなのは、保存している食べ物に汚い言葉(アホか~!!とか、死ね!!!みたいな負の言葉)を毎日聞かせると早く傷んでしまい、良い言葉(綺麗だね!とか、もっと美味しくなってね!!のように褒めるような言葉)や綺麗な音楽を聞かせると長持ちするというお話がありますよね。
よく言葉って「目に見えないし消えてなくなっちゃう」って言います。
確かに契約とかの時には、文字にして記録に残すって言うことは大切でしょうが、今このBlogで取り上げている言葉の力と言う事でいうと、消えてなくなる言葉だからこそ大きな力が宿っているのだと思います。
魂からの波動が音になったのが言葉であり、そこに言霊が宿るのです
私は一つだけ、自信を持って皆さんに言えることがあります。それは、私はおべんちゃらやお上手はよう言いませんが、自分の実体験に基づいた思いや気持ちを日頃から率直にお話させて頂いています。
そしてその行動の原点にあるのは、魂から発生した波動が音として現れたのが言葉であり、だからこそその言葉には「言霊」が宿り、気持ちや思いや真心が伝わる可能性が生まれると言う思いです。
そんな事を改めて思った、講師研究会でした。
内藤正風PROFILE

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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。





