学びは、指導展が終わってから始まる | 見て、聞いて、やってみて身につける「学び」の意味
ごきげんよう、こんにちは、そしてこんばんは、内藤正風です。
これまでに何度も私のブログで取り上げていますように、光風流で毎年開催している「指導展」を、先週末に開催しました。
指導展というのは、会場にモデル作品を展示し、その作品についての解説を聞きながら研究を深めていただく、展覧会形式の勉強会になります。
今日のブログでは、そんな指導展を開催した中で改めて思った、「学ぶ」ということについて書きたいと思います。
指導展は、作品を見るだけの場所ではない
指導展では、会場に並んでいる作品を見ながら解説を聞き学んで頂くことになります。
「こんな生け方があるんだ」「こういう花材の使い方もあるんだ」「こんな器があるんだ」。そうやって、普段のお稽古ではなかなか見ることのできない作品や、お手本とする作品から、いろんなことを学ぶことができます。
でも私は、指導展はそれだけの機会ではないと考えています。
モデル作品を生ける人は、その作品を生けるために何度もお稽古をします。考えて、生けて、指導を受けて、また考えて、もう一度生ける。そうやって繰り返しているうちに、最初には気が付かなかったことに気が付いたり、自分が分かっているつもりだったことが、実はまだ十分に身についていなかったことに気が付いたりするのです。
つまり指導展という機会は、見に来られる方の学びの機会だけではなく、モデル作品を生けられる方の研鑽の機会でもあるのです。
誰か一人が教えて、他の人が一方的に教わるだけの場ではない
「三方良し」という言葉があります。この言葉は近江商人の経営哲学で、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三者が満足し、社会貢献にもつながる商売のあり方を示すものになりますが、この指導展においても、誰か一人が教えて、他の人が一方的に教わるだけの場ではなく、「モデル作品を生けられた方」、「解説を聞きながら作品をご覧になられた方」、「会場で解説を行なわれた方」、それぞれの方がそれぞれの立場で学ぶことが出来る「三方良し」になっているのです。
そして面白いのはこの三者それぞれが、同じ作品を見ても、気づいたり学んだりするところが違うということです。「あそこが面白いと思った」「私はこっちが気になった」そんな違いがあるからこそ、そこからまたそれぞれに考えることが出来る様になるのです。
学びは、そこで終わらせては勿体ない
そして私は、ここからが大切だと思っています。指導展が終わって、「あ~良かったなぁ」「勉強になったなぁ」。それで終わってしまったら、勿体ないのです。
見たもの。聞いたこと。感じたこと。そこから何を自分の日頃のお稽古に持ち帰るのか。そして、次のお稽古で実際にやってみる。やってみたら、また分からないことが出てくる。そうしたら、また考える。そうやって初めて、指導展で得たものが自分の中に少しずつ積み重なり、身についてゆくのだと思います。
今年の指導展は終わりました。でも、そこで得た学びまで終わったわけではありません。いやむしろ「ここから何をするのか」、それこそが本当の意味での学びに他ならないのですし、その意味でいうと、ここからが学びを習得に昇華させるスタートに他ならないと私は思っています。
内藤正風PROFILE

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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。




