物事を好転させるために唯一必要なのは、前向きな言葉を使うという事

ごきげんよう、こんにちは、そしてこんばんは、内藤正風です。

今日のブログは、昨日の私のブログ「その場しのぎをするから、ますます状況を悪くしているという事に気づかないといけないのです」に続くモノになります。
とはいえ内容が続くという事ではなく、「その場しのぎ」的行動から脱却するために有効な、たった一つの思考という事について書きたいと思います。

「その場しのぎ」は利己的思考に他ならない

「その場しのぎ」はなぜそうなるのかを検証してみると、”とにかくその場を乗り切れればよい” とか、”今が良ければそれでよい” という、刹那的な思考に基づいていると私は思います。つまり、”今さえ良ければ後はどうなってもいい” とか ”後のことなんて知らない” という、無責任極まりない思考だという事がわかります。

よくこういう刹那的な考え方をする方の事を ”楽観主義” と表現されることがありますが、私はそうは思わないです。だって今が(今さえ)良ければいいというのは、他の人はどうなろうと知らないという事であり、もっと言うと未来の自分が困っても構わないという、未来の自分さえも見捨ててしまう ”利己主義の極み” であると私は感じるからです。
なので ”その場しのぎ” は ”楽観主義とは全く違う” と私は考えています。

楽観主義は「人事を尽くして天命を待つ」という事

まずそもそも楽観主義とは、”物事を良いほうに捉えてゆく” という事がその大前提にあると思います。
例えば水が半分入ったコップがあるとします。そのコップを見て「まだ半分も水がある」という風に捉えるのが楽観主義です。つまり、まだコップには半分水があるので、その半分の水がある間に水を増やす方策をとることもできるし、その水を使ってできる様々なこともあるという、その事を土台に色々な可能性や出来ることがあるという風に前向きに物事を捉えるとともに考え、行動することができる人の事を言うのです。
つまり言い換えると、人事を尽くして天命を待つという事に他ならないのです。

楽観主義とは決して、水がなくなったら死んだらええやんとか、どこかの誰かが水をくれるんじゃないとか、自分の水がなくなったらどこかの誰かの水を奪ったらいいやんというような、乱暴なものの考え方ではないのです。

物事を好転させるために必要な、たったひとつの事

ここまでお話してきましたが、「じゃあどうしたらいいのよ」と思われている方も多いと思います。もう結論を言いますね。物事を好転させるために必要なたった一つの事、それは「前向きな言葉を使うようにする」という事です。

その場しのぎ的思考や行動をされている人は、出来ない理由を話されていたり、出来ない理由探しをされています。
はっきり言います。出来ない理由なんていくらでも見つけ出すことができます。しんどい。時間がない。忙しい。そんなことばかりしていられない。仕事がある。家族がある。こんな言葉に何の意味も価値もありません。
しかしこれらの言葉は自分の可能性の扉を閉じ、人からの信頼を失い、自らが一番しんどくなってしまう、悪魔の働きをする言葉になります。

どうすれば一歩でも半歩でも前に進むことが出来るか、前に進むことができないまでも何かできることはないか、これこそがすべての源泉になります。
「とりあえずやってみよ」「次は絶対にうまくいく」「大丈夫」「まっ、しゃあないか」「おもしろいやん」、まずはそんな言葉から始めてみるといいと思います。
言葉は思考を変えてくれます。思考は行動を変えてくれます。たった一度の人生なんですから、自分で自分を出来ない子扱いせずに、楽しみながら毎日を送ってゆかないともったいないですよ。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。