人はお仕事や趣味について相手のレベルを聞くときに、なぜ年数を聞いて測ろうとするのか

こんにちは、内藤正風です。

今日は4月30日、明日から5月になります。
ゴールデンウイークまっただ中な月末ですが、私は日頃と変わらずお仕事三昧です。

光風リゾートの植木も刈り込んでみました。
毎年手入れはしていたのですが、姿が大きくなりすぎたのでガッツリ刈り込んで小さく仕立て直しをしています。

いや~やっぱりこの時期は屋外で陽の光を浴びながら過ごすのが気持ちいいですね。

人はお仕事や趣味について聞くときに、なぜ年数で計るのか

いけばなだけに限らず、趣味について「どのぐらいされているのですか?」って聞かれると、多くの人が5年です。とか、7年です。とか、13年です。って言うように年数で答える場合が多いですよね。
お仕事もそうです。

そして年数が多ければ多いほど、凄いですね~とか、お上手なんですね~って言われたり、思われたりしますが、これって不思議だな~って、ず~~っと以前から思っています。
だって年数ほど不確かなものは無いからです。

年数=技術の習得や熟練ではない

例えばですよ、1年に1度、お正月の時だけお花をお稽古しに来られる方がおられたら20年お稽古されていても20回にしかならないんです。
かたや、毎週お稽古されている方がおられたら1年間で52回お稽古されている事になるんです。

20年間で20回の人と1年間で52回の人。
どちらが上達しているかは言うまでもないですよね。

すなわち、年数=技術の習得や熟練と言う事ではないって事なのです。

なぜ年数で比較し判断の基準にするのか

先にも書いたように技術の習得でいうならば、1年間で52回の人の方が圧倒的に沢山の事が身に付いていると思います。
しかしより長く継続しているという事ならば、20年の人の方が圧倒的です。
またその他にも、お稽古のステップによる比較も出来るでしょうし知識や技術の習得度合いによる比較もあるなかで、なぜ年数で比較したり判断したりする人が多いのでしょう。

あっ、勘違いしないでくださいね。
ここで言いたいのはどちらが良くてどちらが悪いとか、どちらが優れているかというような事ではありません。
多くの人が年数でその人や経験を判断するということは、そこになにかしらの大きな意味が有るんだろうなぁと思ったからなのです。

年数が一番比較しやすい

結局、その人の経験や熟練の度合いで計ろうと思ったら、そのもの自体にある程度の認識と理解が無いと比べることが不可能だからではないかと思います。

たとえばいけばなを例に挙げれば、「五行格13本の生け方まで練習をしています。」って言われても、いけばなについてある程度の理解があったり格花についての造詣が無ければ、この回答を聞いてもチンプンカンプンですよね。
なので何かの経験について聞かれた時には、全ての人に平等な「時間」を物差しにして答えるようになっているのかなぁと思うのです。

年数ではなく経験や学びこそが大切

一昨日木曜日の光風流本部いけばな教室において、一番最初のステップの許状(初伝)を取得されて、現在はその次のステップの許状取得に向けてお稽古に励まれている生徒さんに、格花の用流しという生け方をしていただいたのですが、1人で枝を見立て、曲げ、生けて仕上げられ、とても綺麗に生け上げられました。
まだまだ期間で言うと短いですが、これだけの事を習得してくださっていることが本当にうれしく思います。

こういう様子を見ていると、お仕事でも趣味でも、その年数ではなく経験や学びこそが大切だよなぁと改めて感じる機会になりました。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。