「謙遜」ってはたして美徳なのか?「謙遜」することから誰も笑顔にならないし誰のためにもならないってご存知ですか

こんにちは。内藤正風です。
今日は朝から今年最後の光風流の会議を行ない、移動のバスの中でブログを書いています。

「謙遜」は本当に美徳なのか。。

日本には美徳として「謙遜」と言う文化があります。「私なんてまだまだ。。。」っていうアレですね。
ちなみに「謙遜」 の意味を調べてみると、“自分の能力や価値などを低く評価すること” というような意味が辞書などが違っても書かれているように思います。

そんななかで最近私は「謙遜って本当に美徳なんだろうか」という疑問を持っています。
その一番の理由は、光風流の師範の中でお友達などから「いけばな教えてほしい」って言われているのに「私なんてまだまだ。。。そんな教えるようなこと出来るようになっていません」って仰られている人を目にする機会があるからです。

これ、教えてほしいって言われている人にとっては、かなり悲しい事ですよね。
だって「私はあなたのお花が気に入ったので仲間に加わりたい」って言われているのに、「無理!!」って返事しているんですから、言われた方の立場になればショックですよね。
自分に置き換えて考えてみてください。良い気はしないと思うのです。

「謙遜」が美徳なのであるならば、誰かを悲しい気持ちにさせたり残念な思いをさせてしまうっておかしいと私は思うのです。

「謙遜」と「謙虚」と「卑下」

そんな事を思いながら辞書を見ていると、「私なんてまだまだ。。。」っていう意味の言葉って他にもあるんですよね。

私が思いついたのはこの2つ。
1つは「謙虚」
もう1つは「卑下」

「謙虚」を調べてみるとその意味は、“自分のことを下げて言う事はないけれど、控え目であり素直であること” というような意味が書かれていました。
そして「卑下」は、“自分を人より劣っているものとして下にさげて言こと”と言う意味に書かれているように思いました。

これ、3つの言葉が「私なんてまだまだ。。。」と言うニュアンスなんですが、全く違う意味なんですよね。

「謙遜」は美徳ではない。「謙虚」こそが美徳だと思う

「謙遜」 は“自分の能力や価値などを低く評価する” 意味ですから、これは絶対に美徳ではないと私は思います。

いけばなで例えるならば、まず教えてくださった先生に対して失礼ですよね。
「私は良い事は教えてもらっていないし、そんな学びを身につくように教えてもらっていない」って言っているのと同じなんですから。
そして自分自身にも失礼です。
だってこれまでの人生の中で費やした時間やお金に対して「そんなにたくさんのことを学んでいないよ」って言っているんですから。

そして「卑下」は、“自分を人より劣っているものとして下にさげていう”という意味なんですから、こんなのは論外です。

ちなみに「謙虚」の意味は、“自分のことを下げて言う事はないけれど、控え目であり素直なこと” なんですから、この言葉と意味こそが日本人が古来より美徳とする姿に一番近いのではないかと思うのです。

過ぎたる「謙遜」は罪悪。「卑下」は犯罪に認定

「謙遜」も時には良い場面もあるかもしれません。しかし過ぎたる「謙遜」は罪悪だと思います。
だって謙遜をし過ぎることで、誰か1人でも幸せになるのですか?逆にみんなが残念な思いや悲しい思いをしないといけないだけなんですから、そんなもの罪悪としか言いようがないと思うのです。

「卑下」に至っては、犯罪です。こういう行為は取り締まってもらいたいくらいです。卑下防止法違反とかなにか法律作ってください~~。(笑)

「謙虚」に生きるからこそ、そこに「美」が備わる

「謙遜」も「卑下」も、その行為から周りの人が受ける印象は「奥ゆかしい人だな~」なんてほぼ誰も感じることは無いと思うのです。
逆に「あ~出来ない人なんだ」って思われてしまう事の方が多いんじゃないかと思います。
周りの皆さんに「まだまだな人なんだ。。」って思われ、友達も知り合いも家族も誰1人として笑顔にすることも出来ないし喜んでもらう事すらできない。何の意味もないですよね。

“自分のことを下げて言う事はないけれど、控え目で素直であること” 、これこそ凛とした日本人を体現することが出来るのではないでしょうか。
「謙遜」をせず、作品制作やお稽古のご依頼があった時には「素直」に受けさせていただき、自分の手柄は「控えめ」にしながら前を向いて歩んでゆく。

これこそ凛とした日本人の姿だと私は思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。