いけばなの作品作りにおいて大切なのは、何を見せたいのか何をしたいのかをハッキリとさせて不要な要素を取り去る、「引き算の美学」です

こんにちは、内藤正風です。

先日からいけばな展シーズン真っただ中に入っています。
「日本いけばな芸術展」「兵庫県いけばな展(加西市会場)」「兵庫県いけばな展」「光風流いけばな展」が、これからの約1か月半の間に開催されます。
そしてこれらのいけばな展の作品のお稽古も、どんどん進んでいます。

いけばなの作品作りで大切なのは「イメージに不要な要素を切り捨てる」です

いけばな展の作品作りは「イメージ作り」からスタートします。この器が使いたい。この材料が使いたい。こんな構成にしたい。などその入り口は様々です。
そして色々と考えながらイメージを膨らませてゆくのですが、このイメージを作品作りに落とし込んでゆく段階に入ったら、したい事を絞り込みそして尖らせてゆく作業を行なわなければなりません。

例えば色遣いを例に挙げると、赤を象徴的に使いたいと思ったときには2通りの方法が両極になるでしょう。
まず一番目は全ての花材に赤系のものを用いて、その濃淡で赤色が象徴的に感じる様にするという方法。そして二つ目は全体を真っ黒にして、ごく一部に赤を用いることによって象徴的に感じるようにするという方法です。
この2つに共通しているのは、赤を象徴的に見せる為に要らない要素を排除しているという事です。

赤を象徴的に使いたいのに、青色も私好きだし。。黄色のバラも好き。。。なんて自分の好きなモノや使いたいと思うものを盛り込んで行っても赤色が際立ち生きる様にはならないです。ってかやればやるほど赤色が埋もれていってしまう結果になります。
すなわち赤色が際立つようにするために、不要な要素はバッサリと切り捨てる事が必要なのです。

「尖らせる」の対極にあるのは「平均化」です

良い作品というのは特徴が際立っています。すなわち作者が何をしたかったのか何を表現したかったのかが、ハッキリとしているという事です。
すなわち特徴が際立つというのは、言い方を変えれば見せたい部分や表現したかったことが尖っているという事です。あっ形がとがっているのではないですよ(笑)。ここでいう尖っているというのは「表現が」という事です。

色んな要素がまんべんなく盛り込まれていると、際立つものが無くなります。要するに限りなく限定的であることが尖らせるという事につながると共に、魅力となってゆくのです。
「尖らせる」イコール「平均化させない」という事なのです。

もう一度、「何を見せたいのか」「何をしたいのか」を考えてみよう

人はついつい色んな要素を加えたくなってしまったり、自分の好きを盛り込みたくなります。しかしそれは「平均化」してしまう事に他ならないのです。
何を見せたいのかを突き詰めて、たった1つに絞り込む。何をしたいのかを突き詰めて最後の1一つになるまで不要なものをそぎ落とす。
この作業無くしては、特徴が際立つ作品にはなりにくいのです。

生かすために不要な要素を取り去る。まさに日本文化の神髄である「引き算の美学」です。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。