追善法要と追善いけばな展の感想は「お陰様で」につきます。だって今日まで来れたのは光風流の皆さんのお陰なので
ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。
内藤仙甫先生50回忌追善いけばな展、そして追善法要を無事に終えることが出来ました。
いけばな展、そして法要にお越しくださいました皆様、ありがとうございました。
追善だけれど感謝の機会
追善を開催しておいて「感謝」って言ったら、何を変な事を言っているのかと不思議に思われるかもしれませんね。
確かに「追善」の持つ意味には亡くなられた人を偲ぶという意味がありますから、「追善」=「感謝」という構図は成り立ちません。しかし今回の追善は50回忌になりますので、偲ぶという中に「悲しい」とか「寂しい」という思いは私的にはほとんどありません。
ではなぜ「感謝」という思考になるのかというと、母である内藤仙甫が亡くなったのは私が15歳の時でしたので、その時以来、光風流の先生方が公私にわたって陰になり日向になり支えてくださったからこそ今日の日が有るのは間違いありません。そのおかげで、50年という人間にとっては長い長い年数を、無事に過ごす事が出来たので、今回の追善は「感謝」の機会だったなあと思っているという事なのです。
子は親を選んで生まれてきている
この様にして考えると、私がこの両親のもとに生まれた事、そして光風流家元の家に生まれた事って、全て必然だったんだなぁと感じています。
だって私の様な半人前でも何とかここまで生きてくることが出来たのは、私が若い時に親が他界するという事も私が成長するために必要な過程だったという事ですし、またそんな中で親がいなくなっても困らない様にこの家に生まれたのだと思っているからです。
親を選んで生まれることはできないという言葉がありますが、私はそんな事は無いと思っています。人は自分を成長させてくれる環境を選んで生まれてきているのです。だからこそ自分に与えられた環境の中で、精一杯生きる事が大切なのだと五十回忌法要を行ないながら改めて思う機会になりました。
今回の私の役割は「脇役」です
今回の追善いけばな展や追善法要での私の役割は、「脇役」だと思っています。
確かに私が主催しています。しかし追善いけばな展や追善法要に作品を展示してくださったりお越しくださった皆さんには、私がこれまで歩みを進めてくることが出来た感謝をお伝えさせて頂きたいと思っています。
なので今回のいけばな展や法要では、私は来場してくださった皆さんのためにホストと下働きの役割に徹したいと思い2日間を過ごさせて頂きました。
この2日間、お越しくださいました皆さんありがとうございました。そして50年間支えてくださった皆さん、本当に有賀ようございました。
内藤正風PROFILE

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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。




