いけばな展は作品を展示するだけの機会ではありません。そしていけばな展は ”ゴール” ではなく、新たな歩みの ”スタート” なのです
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ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。
先週土曜日に、今年5月に開催する「光風流いけばな展」の出瓶者総会を開催しました。
いけばな展の開催にあたっては、日頃から私が度々申し上げている事があります。それは、「いけばな展は手法であって目的にしてはならない」という事です。
今日はそんな事について、ブログを書きたいと思います。
「いけばな展」は、開催する事自体が目的になってはいけない
「いけばな展」って聞くと、ほとんどの方が ”いけばなの作品を並べて展示する機会” って思われている人が多いです。
まあ、間違いじゃないです。確かにいけばなの作品を並べて展示していますからね。
その様な中、いけばな展の主催者や作品を展示する人達は、「いけばな展」を開催すること自体が目的になってはいけないと思っています。
では私が考える「いけばな展」って何かというと、”いけばな展に作品を展示する事を通じて、人と人が集い成長する場所であり機会” だと思っています。
その理由は次の二つ。
まず第1に、いけばな展の時には皆さんに見て頂くために作品作りを行なうのですから、日頃のお稽古以上に作品作りと向き合う事によって、自己成長の機会になるという事。
そして第2に、いけばな展に作品を見に来てくださった方と、いけばなの魅力や楽しさを共有する機会であるという事です。
誰かと一緒だからこそ、楽しさや魅力が増幅する
たしかにいけばな展の会場では ”いけばな作品” を見て楽しみますし、もちろんそれだけでも十分楽しいものです。けれど ”楽しい” っていうのは、自分1人で感じていても広がりや深まりは生まれないんですよね。
作品作りに際して、誰かと競ったり励まし合ったりする。いけばな展の会場で誰かと一緒に作品を見る。誰かといけばな展の会場で話をする。いけばな展の行き帰りに誰かとお茶や食事をする。こんな風にして誰かと関わり一緒の時間を共有するからこそ楽しさが増幅したり、1人の時にはなかった楽しさの広がりや深まりが生まれたりするのです。
「何をしているか」ではなく「誰としているか」にこそ価値がある
「いけばな」は多くの学びを得ることができますし、子供から老人、男性女性など性別世代を超えて楽しむことができるものです。これは絶対に間違いありません。
しかし1人で孤独に「いけばな」と関わっていても、長続きできるものでもありません。だって人間は ”気分の生き物” だからです。その時によってノリノリの時もあればイマイチ気分が乗らない時もあります。
そんな気分が乗らない時に「今日何時に教室に行くの~?」と声をかけてくれる仲間や、「○○さんと出会ったら面白いからとりあえず教室に行こう。」って思わせてくれるのは仲間なんです。
その意味で言うならば、いけばなだから長く楽しむことができるのではなく、良い仲間といるからいけばなを長く楽しむことができるのだといえると思うのです。
いけばな展は ”ゴール” ではなく、新たな歩みの ”スタート” なのです
今回のいけばな展でも、いけばな展を開催する事やいけばな展に作品の展示をする事だけを目的にしてはならないと私は考えています。
今回のいけばな展を通じて、どの様な体験や学びを得る事が出来るのか、そして仲間との交友を広げたり深めたりすることが出来ているか、この事に光風流の皆様には目を向けて頂きたいと私は思っています。
いけばな展はゴールではないのです。今回のいけばな展を契機にして未来にいろんな可能性が広がり、新しい歩みを進めるスタートとなることを切に願っています。
内藤正風PROFILE

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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。




