心の矢印が自分に向いているか相手に向いているかによって、同じ事をしても全く行動が変わってくるので注意が必要です
ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。
先日、光風流のある部門の会議を行ないました。そんな中で「心の矢印が相手に向いているか自分に向いているかで、行動が全く違ってくる」という事についてお話をさせて頂くと共に、改めて感じる機会になったので、今日はそんな事についてブログを書きたいと思います。
すごく良いことをしても「心の矢印の向き」次第で喜ばれないこともあります
先日ある行事を行なった時に、「あ~もう少しこんな風にしたらいいのに」と感じる事がありました。そしてその後になぜそんな風になったのかを自分なりに考えたときに、突き詰めてゆくと最後に残った点は、心の矢印が相手に向いていないという事が原因だなぁと感じました。
その方は一生懸命に、計画し準備し当日の進行を行なってくださっているのです。それはとても有難い事なのですが、どうしたら相手が困らないか、どうしたら相手が喜ぶかという視点に立って物事を考えたり行動したりする事が出来ておらず、色んな部分で残念な結果を生み出す事になり、残念だなぁって思ったのです。
心の矢印って相手に向いていると ”労り” や ”優しさ” になりますが、自分に向いているといわゆる”自己中”につながってしまいます。なので心の矢印が自分に向いていると、周りの人に理解されにくかったり悪くすれば反感をかってしまう原因になってしまうのです。
要するに全く同じことをしているのに、感謝されるのと反感を持たれてしまうという大きな違いが結果として生まれてしまうのです。
自分の都合だけで思考する癖を改めてみましょう
人は自分の思考が、行動や言葉の大元になっているのは言うまでもありません。なので思考の最初は広い意味での ”自己中” から始まっているといっても過言ではないでしょう。その段階はそれでよいと私は思います。
しかしそれで終わるのではなく「こうしよう」と考えたらそれとともに、相手はこれで困らないかな?喜んでもらえるかな?と意識するようにすると、心の矢印を相手に向けることが出来る様になってゆくと思います。
誰かと何かをするという事は、”相手と一緒に” 自分も喜んだり楽しんだりするという事が不可欠だと思います。なのに自分だけの満足や楽しさ、あるいは自分の楽というような事に心の矢印が向いてしまうと、そのとたんに全てが「自分さえよければ良いんだ」と相手が感じてしまい、その結果、相手が喜ぶどころか「あ~ぁ~、なんだかなぁ・・」という残念な気持ちでいっぱいになっちゃうのです。
相手を仲の良い友達や家族に置き換えて考えてみるとよい
自分がしようとしている行為を、事務的に、あるいは1つの作業としてとらえると、心の矢印は自分に向いてしまうでしょう。しかし相手が自分の親友や家族だと思って考えると、心の矢印は相手に向くようになると思います。
どうしたら喜んでくれるかな。何か困るようなことが有るならそうならない様に手助けしてあげよう。相手は今何をしているかな?って。
心の矢印を相手に向けるのはとても簡単です。だって、親友や家族を連想して考えたり、親友や家族にしているのと同じことを行なえば良いだけなのです。
それだけでみんなが笑顔になれるのですから、心の矢印って大切だな~と改めて自戒する機会になりました。
内藤正風PROFILE

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平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。




