世の中の全ては流れの中に存在しており、”運” や ”お金” や ”人の繋がり” ”学び” などを自分のところで滞らせてしまうから、大きな幸せを逃す結果になっているのです

ごきげんよう、こんにちは、こんばんは、内藤正風です。

今日、光風流本部いけばな教室にお越しになられた先生とお話をしていて、生徒さんを指導されている先生方ってなぜこんなに魅力的な方が多いのだろうと思ったのですが、答えは簡単で、独り占めすることをしていないからなんですよね。なので今日はそんなことについてブログを書きたいと思います。

独り占めしようとするから運気が下がる

若い時には全く思う事がなかったのに、年齢を重ねてから感じたり思ったりするような本質的な事柄って結構ありますよね。私はそんな中の1つに、「独り占めすると運気が下がる」という事があります。
これは良い気の流れとか、運とか、お金とか、人と人のつながりとか、色々なことに当てはまりますし、自分や自分の周りだけではなく有名人とかのニュースを見ていても、当てはまっているように思うのです。

日本のことわざに「流水腐(りゅうすいくさ)らず戸枢蝕(こすうむしば)まず」というものがありますが、まさにその通りだと思います。
この言葉は、流れている水はよどんで腐らないし、常に開け閉めしている開き戸は虫に食われることがないという事に例えて、常に動いているモノや事はよどんだり沈滞したりすることがないので、悪くなることがないという意味に使われます。

そして先ほど書いた良い気とか、運とか、お金とか、人と人のつながりとかというものって、全てが流れの中で存在しているものだと思うのです。なのに自分のところで独り占めしようとした瞬間から流れが滞ってしまう事により、その人は気の流れが悪くなったり、運気が下がったり、お金が回ってこなくなったり、人と人との繋がりも広がってゆかなくなってゆく様に思うのです。

西洋の寄付の文化も、その根底は同じ

ちなみにこの考え方って日本や東洋的な思想なのかというと実はそうではなく、西洋にも同じ考え方が存在しています。それは寄付の文化です。
ヨーロッパやアメリカに行くと寄付という事が日常的なんだなぁと感じる事が多いです。これは裕福だからという事ではなく、今自分の手元にあるものの中から出来る範囲で施しを行なうという考え方が根付いているという感じです。

すなわち裕福でお金が余っているからと言うことではなく、自分のところにやってくる富を独り占めして「流れを止めてしまう」状態にしてしまっては、自分に良くないことが起こってしまったり将来がなくなってしまうという考え方から、意識して寄付(施し)をして流れを滞らせないようにしていると私は感じるのです。

学びも独り占めしていると、もっと大きな学びや幸せはやってきません

この考え方って、いけばなの学びにもそのまま当てはまるなぁと私は思っています。
それは、先生から学んだいけばなの知識や技術を、生徒さんに伝えることもせず自分のところでその流れを滞らせてしまい、誰にも伝えずに1人占めしている人が沢山おられますが、この人たちって本来ならばもっともっと幸せになる事が出来る切符を手にしていたのに、自らドブに捨てるような事をしてしまっていると気づいておられないのです。

最初にも書きましたが、人は色んな意味で流れの中にいます。良い気の流れとか、運とか、お金とか、人と人のつながりなどがありますが、そこにはいけばなの学びも当然含まれています。
昔からいけばなやお茶の先生は元気で若々しい人が多いし、長生きされる方が多いのも、まさにその表れだと私は思うのです。

流れを自分のところで止めたり独り占めしないという事を意識すれば、幸せが自然に集まってくるようになると思います。

内藤正風PROFILE

内藤 正風
内藤 正風
平成5年(1993年)、光風流二世家元を継承。
お花を生けるという事は、幸せを生み出すという事。あなたの生活に幸せな物語を生み出すお手伝いをする、これが「いけばな」です。
光風流の伝承を大切にしながら日々移り変わる環境や価値観に合わせ、生活の中のチョットした空間に手軽に飾る事が出来る「小品花」や、「いけばな」を誰でもが気軽に楽しむ事が出来る機会として、最近ではFacebookにおいて「トイレのお花仲間」というアルバムを立ち上げ、情報発信をしています。ここには未経験の皆さんを中心に多くの方が参加され、それぞれ思い思いに一輪一枝を挿し気軽にお花を楽しまれて大きな盛り上がりをみせており、多くの方から注目を浴びています。
いけばな指導や展覧会の開催だけにとどまらず、結婚式やパーティー会場のお花、コンサートなどの舞台装飾、他分野とのコラボレーション、外国の方へのいけばなの普及、講演など、多方面にわたり活動し多くの人に喜ばれています。